聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

マリオの世話をやく

 いずれにせよ、アヤを監禁や殺害したということはともかく、侯爵がアヤをご執心なところはかわりはなさそう。

 もしも侯爵のもとからマリオと去るということになったら、彼がどう出てくるか、よね?

 そんなことをかんがえながらお風呂に入り、雨で濡れそぼっている乗馬服を室内にあるラックに吊るし、とりあえずはさっぱりした。

 それから、マリオの世話をすることにした。

 彼の服を脱がせ、ある程度拭いた。淑女にとって都合の悪い箇所は、自分でやってもらった。もちろん、わたしとしては別にかまわないんだけど、いまはまだ彼の前では聖女であり淑女のふりをしていたい。

 マリオのかわりの服は、侯爵が自分のお古を持って来てくれたらしい。

 マリオのシャツとジャケットとズボンは、血まみれ泥まみれになっている。わたしとの死闘で破けたり斬られたりしているし、シャツにいたっては修復不可能な穴が腹部に開いてしまっている。

 彼の髪を拭いているときである。彼の毛の色が金髪ではないことに気がついた。黒色なのである。

 黒色なんてめずらしい。そういえば、彼の瞳の色も黒色よね。

 この辺りの国で、髪と瞳の色が両方とも黒色というのはそうそうお目にかかったことがない。娼婦だったときに、ってわたしの前世でのことだけど、遠い東の方の大陸からやって来た大商人が黒い髪と瞳だった。
 アソコの毛まで黒かったから、世界はひろいんだなと思ったのを覚えている。

 だけど、暗殺者(わたしたち)は、髪を染めることはよくある。だから、このときもとくに何も詮索しなかった。

 実際、わたしも前世では赤毛を金髪やブロンドに染めていた。

 いまは、サラッサラの金髪で瞳は翡翠色だけど。

 わたし自身は、くすんだ赤色の髪に濁った碧眼だった。

 それはともかく、マリオの体にこびりついている血を拭ってから、傷口に薬草を塗りこんで貼り直した。

 すでに傷はふさがりつつある。よほど活発に動かないかぎり、傷口(それ)が開くことはないはずね。

 侯爵に借りたシャツを着せ、やっと身繕いが終わった。

 それから、食事にした。

 薄切り肉のサンドイッチは、掛け値なしにおいしかった。葡萄酒も上質のものである。

 マリオも冷めたグリッツをあっという間に平らげてしまった。

 彼は、食欲がある。回復しつつある証拠ね。

 自分が傷つけたからこそ、彼の回復には心からほっとしてしまう。

「腹が減っていたあまり、いっきに食ってしまったよ。大丈夫だったかな?薬の類の臭気はなかったと思うのだけど」

 マリオの回復を密かによろこんでいると、その彼がつぶやいた。彼は、空になった自分の食器とわたしの食器を重ねてワゴンに乗せてから、ワゴンにのせてある布巾でローテーブルを丹念に拭いた。

 なんてこと……。

 なんてマメな男なのかしら。

 マリオ、あなたはぜったいにいい旦那になるわよ。暗殺者にしておくにはもったいなさすぎる。

「大丈夫よ。わたしの鼻でも薬の類の臭いを察知しなかったから」

 そこは抜かりはない。

 アヤは、少量ずつ薬を盛られていた。自分でかんがえることが出来なくなる薬と、動くことが面倒になる薬である。

 その上で、彼女は監禁された。

 アヤは、自分の治癒の力で薬による中毒症状を改善したのである。

 もっとも、そのときにはもう遅かったけど。

 いまの侯爵の態度はともかく、そういう経緯を知っている以上警戒するにこしたことはない。ちゃんとにおいと味はチェックしておいた。マリオのグリッツもわたしのサンドイッチ、それから葡萄酒も。ついでに水も。

 水が一番怪しいから。

 まぁこれは、暗殺者の習い性ではあるんだけど。

「数日、体を休めたらいいわ。その後は、適当に口実を作ってここから去ればいいでしょう」
「アヤ……」

 提案すると、マリオはローテーブルをはさんだ向こう側の長椅子から身をのりだしてきた。

「もう一度尋ねたい。きみは、ほんとうに聖女なのか?どこかで会わなかったか?そう遠くない前だ。最近、だ。崖ではかんがえたり思い出したりという余裕がまったくなかったが、ここに来るまでによくよくかんがえたら、どうも会ったことがある気がしてならない。きみにはバカみたいな話にきこえるかもしれないが、きみの、その……。戦い方というか、ナイフの使い方が、ある女性に似ているんだ。気のせいかも、だけど」

 ええ、そうよ。マリオ、それはあなたの思い過ごしなんかじゃない。

 わたしが、あなたの表現するところの「ある女性」、に間違いないわ。

 困惑し、しどろもどろに語る彼を見ながら、可愛いと思った。

 同時に、じょじょに苦しくなってきた。

 もうおたがいに敵意や害意はない。当然、殺意も。

 まだ彼のことを手放しで信用したり心を許しているわけじゃない。だけど、すくなくとも敵じゃないし殺し合うライバルでもない。

 二度、彼を傷つけてしまったうしろめたさもある。いくら死力を尽くした結果とはいえ、一回目の右頬と二回目の腹部の傷は、刻まれたまま生涯消え去ることはない。

 もうっ!わたしってば、いったいなにをかんがえているの?

 わたしはいったい、どうしたいわけなの?
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