聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

遠乗りへ

 卵を集めているとき、あるいは馬たちに飼い葉をあたえているとき、畑の雑草を引っこ抜いているとき、洗濯ものを干しているとき、パン生地をこねているとき、ことあるごとにそのことをかんがえてしまう。

 この城に来た次の日に、侯爵の書斎で見つけた偽本の中に隠されている古びた手紙と指輪のことを、ふと思い出した。

 だれが記した手紙なのだろう。

 きたない字なのはいいとして、誤字脱字に文章の拙さやちぐはぐさから推察するに、ちゃんとした教育を受けたことのない女性なのかもしれない。あるいは、教育を受ける環境がありながらさぼっていたか。

 いいえ。先入観はダメね。

 そもそも、女性に限定していいのかしら?もしかすると、男性の可能性もある。

 手紙を記したのは、いったいだれなの?アヤと、いいえ、クレメンティ家と所縁がある人なの?

 だとすれば、彼がクレメンティ家のことを知りたがるのもうなずける。 

 

 広大な小麦畑を左下に見つつ、丘を馬で駆けている。

 すこし距離を置き、マリオの乗る馬がついてきている。

 馬車につながれていた二頭の馬は、マリオが言った通り立派な騎馬である。

 侯爵から遠乗りにいいルートを教えてもらったので、そこを駆けてみることにし、さっそく実行に移したというわけ。

 左下に視線を向けると、大地が金色に輝いている。その美しい光景に、感動してしまった。マリオもまた、それをうっとりとした表情で見ている。

「サワサワサワ」

 小麦の揺れる音が微風にのって来る。

 その心休まる音をずっときいていたい。この美しい光景をずっと眺めていたい。

 アヤのことも彼女の人生のことも死亡エンド回避のことも、すべてを忘れてここでこうしてのんびり暮らしてゆきたい。

 心からそう願っている自分に気がつき、正直なところ戸惑ってしまった。

 なんなの?もしかして、ヤキがまわった?

 いいえ。かんがえようによったら、侯爵に殺されなければ死亡エンドにはならない。これでアヤの六度に渡る人生の終着は終わりを迎える。

 それ以降は、わたしの好きにしていいことになっている。それは、アヤのあたらしい人生のスタートでもある。

 この辺境の地で小さな家でも借り、静かに暮らすというのは?

 いますぐ困らないだけのお金はある。しばらくゆっくりした後、農作業の手伝いでもさせてもらえばいいかもしれない。

 素敵……。

 憧れのスローライフ。

 それを満喫出来るのよ。

 ウッドデッキでハーブティーを飲みながら読書をしている姿を、脳内で思い描こうとした。

 だけど、どれだけ思い描こうとしても出来ない。

 まったくそのイメージが浮かんでこないのである。

 微風に髪がそよいでいる。

 アヤの髪は、ほんとうにきれい。色もさることながら、やわらかくてクセがない。

 それにくらべて、わたしの前世は悲惨な髪だった。

 髪の色は静脈を切られたときに噴出する赤黒い色だし、髪質は絞殺するときに使うピアノ線みたいに硬いし。だから、イヤになって結局剃り上げてしまったし。

 そうだった。髪のことなんてどうでもいいわよね。どうせいまのわたしの髪の毛は、ちゃんとした髪なんだから。

 そろそろ真剣に身の振り方をかんがえないと。

 小さく(かぶり)を振りながら、もう何十度目かにかんがえていること。をまたまたかんがえようとした。

 視線を感じるのでそちらへ視線《それ》を向けると、マリオと視線(それ)が合った。

 彼の二頭の馬は、わたしたちを乗せて軽快に駆けている。

「きれいだよな」
「えっ?」

 なに?いきなり「きれいだよな」発言?

 いきなりのことに、ガラにもなく動揺してしまった。

 そうだった。アヤなんですもの。きれいだとか美しい、という称讃は当然のものよね。

「なに?なんなの急に。きれいだなんて、何か企んでいるわけ?」
「おおっと、すまない」

 彼が馬を近づけてきた。

「きみが美しいのはわかっている。だから、いまさら言うまでもない。おれが美しいと言ったのは、あの光景さ。こんなに美しい光景は見たことがない」
「い、いやだわ」

 勘違いしていたことに恥ずかしくなってしまった。あまりの恥ずかしさに、思わず拳を突き出し、馬首を並べて駆けている彼の左の二の腕あたりを殴ってしまった。

「痛っ!」

 彼の叫び声でハッとした。

「ごめんなさい。つい」

 小声の謝罪は、微風にのって流れてくる「サラサラ」という音にかき消されてしまった。

「いや、いいんだ。ごめん。じつは、きみをからかったんだよ」

 どちらからともなく馬の手綱を引いて止まっていた。

 そして、美しくて広大な景色を無言のまま眺めた。
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