聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

侯爵がやって来た

 マリオは、子どもみたいに地団駄を踏んでいる。

 もどかしいのか焦っているのか、自分でもどうしたらいいのかわからないのかもしれない。いいえ。もしかして、葛藤しているのかしら?

 彼のつぎの言葉や行動を辛抱強く待っている自分に、またしても驚いてしまった。

 これがアヤではなく|カリーナ(わたし)だったら、イライラして彼を怒鳴りつけるか殴りとぱしたはずである。

「アヤ。聖女のきみに対して告げてはいけないのだろうけど……。おれは、おれはもう我慢が……」

 彼がやっと口を開いたとき、階段の上、つまり地下牢の出入り口の方で音がした。

 反射的に、二人ともそちらを見上げた。

 扉が開いた音である。

 言葉などいらない。なぜなら、二人ともかんがえていることが同じだったからである。

 そして、行動を起こしたのも同じだった。

 同時に、音もなく石段を駆け下りていた。


 暗殺を生業にするなら、いろいろなスキルを身につける必要がある。ただ単純にナイフを振り回したり体術が出来たり、なんてスキルだけではとても務まらない。

 息を止める、ということもそんなスキルの一つである。

 暗殺をする際、場合によっては水に潜る場合がある。あるいは、かすかな息遣いで察知される場合がある。そういうときは、おのずと息を止める必要がある。

 その為、日頃から長時間息を止める訓練をしている。

 いまがまさしく、そのスキルを発揮するべきときなのである。

 わたしは、三分より少し上回るくらいが限界だ。マリオは、わたしよりも体が大きい分もう少し止めていられるはず。

 死んだ暗殺者の上に、上半身を重ねるようにして倒れているふりを装った。マリオは、石床上に座って背中を檻にあずけ、息を止めている。

 足音が地下牢に響き渡る。

 すぐにその姿が現れた。

 屈強な体格の侯爵の姿が、である。しかも、ご丁寧に甲冑をまとっている。

 暗殺者の腕の上に額を置き、上半身だけ低い寝台にもたれている。この姿勢だと、かろうじて牢の外を見ることが出来る。

 頭部は、出来るだけ地面に近づけたくない。濃度の濃い二酸化炭素を吸い込みたくないから。

 左の瞼だけ、わからない程度に開けてみた。

 侯爵は牢の前で立ち、中の様子をうかがっている。その片方の肩には皇太子殿下を、もう片方の肩にはヴァスコを麻袋を担ぐかのように担いでいる。

 皇太子殿下はともかく、がっしりしているヴァスコを軽々と担いでいるところを見ると、侯爵はかなりの膂力の持ち主であることをつくづく思い知らされた。

 侯爵は、厳密にはマリオと暗殺者とわたしが息絶えているかを確認している。

 それもほんのわずかだった。扉を開けっ放しにしておいたので、そこから入って来た。そして、これもわざと石床上に落としておいた鍵の束をつかむ気配がした。

 甲冑が立てる「ガチャガチャ」という音が耳障りである。

 息を止めたまま、バレやしないかとヒヤヒヤドキドキしてしまう。

 侯爵はそんなわたしの緊張をよそに牢を出て行き、そのまま奥へと消えた。

 もうしばらく間を開け、立ち上がった。マリオも同様である。

『皇太子殿下とヴァスコは、死んでいたのかしら?』

 呼吸を整えてから、口の形だけでマリオに尋ねてみた。

『いいや。おそらくまだ生きていると思う。上で殺したのだとすれば、ここに連れて来る必要はないからね』

 だとすれば、夕食に眠り薬でも混ぜ、眠らせてここに連れて来た可能性が高いわね。

 牢内の寝台に寝転がしておけば、あとは二酸化炭素が決着(かた)をつけてくれる。

 この暗殺者のように。

 この際、どうして侯爵がこんな凶行を?とか、何の為に?とか、そういう疑問は心の中に封じ込めておかなければ。

 とりあえずいまは二人を助け、わたしたちも助かる手段を講じる必要がある。

 それに集中すべき、よね。

『わたしたち、侯爵をごまかせたと思う?』

 ふたたび、口の形だけで尋ねた。

『わからない。まず甲冑をまとっているというところがヤバそうだ。五分五分ってところじゃないかな?フツーはおれたちの反応を、足で突っつくとかして確かめるはずだからね。二人を担いでいるからとはいえ、まったくなにもしなかったところが腑に落ちない』

 奥の様子を気にしながら、彼が答えた。

 いちいちもっともなことである。

 どれだけ慎重に動こうとも、甲冑の立てる音を完全に消し去ることは出来ない。地下牢の奥の方から「カチャカチャ」と音がきこえてくる。それに混じって、扉の閉まる音と鍵がかけられた音がきこえてきた。

 これでもう皇太子殿下とヴァスコを救うには、侯爵と戦うしかないと思う。

 彼は、甲冑をまとっているのである。それは、わたしたちがまだ生きているとすれば、戦う気満々であることを示しているはず。

 まさか、甲冑が地下牢に来る際の礼服替わりというわけではないでしょうから。
< 43 / 74 >

この作品をシェア

pagetop