「仕事に行きたくない」と婚約者が言うので
1.
(また……)
 ヘラルダは侍女に気付かれぬように小さく息を吐いた。結わう前の茶色の髪がハラリと肩から落ちた。

「ヘラルダ様、申し訳ありません。殿下がまた仕事に行きたくないと騒いでおりまして……」

 困惑した表情を浮かべているのはマンフレット付きの侍従だ。

「わかりました。あなたもいつも大変ね」

 ヘラルダは侍従への気遣いを見せた。だがその言葉は本心。この侍従も、毎回毎回可哀そうだと思う。何しろ、マンフレットの癇癪に付き合わなければならないのだから。

 ヘラルダ・ニコール・デル・リンドナ、二十四歳はリンドナ国の第一王女である。そして彼女は今、隣国であるティンホーベン国にいた。
 なぜか――。それは、婚約したから。
 誰と――。それは、このティンホーベン国の第三王子、マンフレット・ヘーラルト・ファン・ティンホーベン、十八歳と。

 それもつい半年前のこと。ヘラルダにとってこの婚約は根耳に水だった。他の貴族であれば行き遅れと言われてもいいような年齢。だが、王族の結婚は二十歳以上が推奨されている。というのも、やはり子を産むために身体ができあがっていること。様々な教養を身に着けていること、等。年相応に求められるものがあるからだ。なので、王族であるヘラルダは辛うじて行き遅れに分類されるかされないかの年齢である。
 そして婚約が決まった後、ヘラルダはこのティンホーベン国に来た。信頼できる侍女だけを連れて。マンフレットの妃となるべく、連日、王子妃教育を受けている。
 だが、ヘラルダ自身も王女であったため、ある程度の教養は身に着けている。今、ここで学んでいるのは、ティンホーベンお国柄ならではのことが主。
 そのヘラルダの相手であるマンフレットは、国王となる兄をサポートすべく、王国騎士団に入団し、連日、騎士としての訓練や任務に明け暮れる日々……。と思いきや。

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