お嬢様、今宵は私の腕の中で。

静かに立ち上がったお父様は、お姉ちゃんのもとに近寄る。


じっと見つめていると、「……すまなかった」という小さな謝罪がわたしの耳にも届いた。


「えっ」

「ひまり。お前をそんなに追い込んでいるとは思っていなかったんだ。本当にすまなかった」


驚いた様子のお姉ちゃん。

そりゃそうだ。


お父様が謝罪するなんて、珍しいことだから。

怒られたり貶されたりする覚悟で会いにきたはずなのに、謝罪されたらびっくりするに決まってる。


「となりにいるのは、九重くんか」

「お久しぶりです、旦那様」


光月さんが小さく会釈をした。


「……お父様、お母様。私たち、結婚したの」


強く、はっきりと、お姉ちゃんが告げた。

お父様は一瞬目を開いてから、ゆっくりと目を伏せる。


「そうか。おめでとう」


心からの祝福だった。

表面だけではなく、心の底から出た言葉に感じられた。


「……ありがとうございます。お父様、お母様」


安堵したようすで顔を綻ばせるお姉ちゃん。

その横で、光月さんも穏やかな笑みを浮かべていた。


「一緒に夕食をとらないか。久しぶりに話そう」


お父様の提案に、お姉ちゃんは光月さんの手をとって頷く。


長い年月でできた隔たりも、"家族"であると一瞬でなくなるということに、わたしは嬉しさを感じたのだった。

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