お嬢様、今宵は私の腕の中で。




「……り、りつ」


口を開いて、閉じて。また開けて、閉じての繰り返し。

先程はほぼ勢いで呼んでしまったところがあるから、落ち着くとどう呼んでいいのか分からない。

眉を寄せていると、クスリと小さな笑い声が降ってきた。


「鈴月、でよろしいですよ」

「でも……」

「私はもう執事ではないので、名前で呼んでくださる方が嬉しいです」

「えっ」

聞き捨てならない言葉に声を上げる。


「執事じゃないって、どういうこと……?」

「イタリアに行ったのは、執事職を辞めるためです。学校に報告したりこれからのことを話したりと忙しく、結局1ヶ月滞在することになりましたが」

「そう、だったんだ……」


ということは、もう「九重!」なんて気安く呼べる相手じゃない。

ただの、ではないと思うけれど、今や、執事ではない普通のイケメン男性だ。

なんだか変な感じがする。

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