怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました
拓海も女性を浮気相手だと勘違いしていたが、沙綾もまたとんでもない思い違いをしているらしい。沙綾の心に壁ができたのはそのせいに違いなく、壁を崩すため焦る気持ちに蓋をして当時の状況を順を追って説明した。
「三年前、詳細は言えないが大使館や日本人外交官に対して嫌がらせが頻発し、脅迫文が送られてきた。ターゲットが外交官の家族にも及ぶ恐れがあると判断して、沙綾には急遽帰国してもらうことになった」
はじめて知る物騒な話に、沙綾は怯えた表情を見せた。指先が白くなるほど握りしめている手をそっと包み込み、話を続ける。
「今はもう解決したが、当時は国際問題に発展しかねないという懸念から、厳重な箝口令が敷かれた。なにも説明できずに申し訳ないと思ったが、あの時はそれしか君を守る方法がなかった」
「私が聞いた電話は?」
「俺の同期が当時本省に勤めていたから、彼に事情を説明していた。君を日本に帰してしばらく連絡を断てば、犯人が万が一俺と沙綾の関係を探ろうとしたとしても、ドイツにいる間だけの関係だと思ってくれるだろうと。それでも安心できなくて、セキュリティの万全なマンションを手配するのを手伝ってもらった」
「じゃあ、あのマンションは……」
みるみるうちに沙綾の瞳に涙が浮かぶ。
「手切れ金なわけがない。君を安全かつ他の男にとられないよう囲おうと用意した要塞だ。同期には凄い入れ込みようだと笑われたよ」
思い返せば、沙綾を一刻も早く帰国させなくてはという焦りと、手放したくないという欲求の板挟みで、随分強がった言い方をしたような気がする。
(“幸い入籍前”だなんて、早く籍を入れて自分のものにしたくて堪らなかったくせに)
「でも確かに、俺の声だけ聞くとそう捉えられるか」
「拓海さんにとって、私はドイツにいる間だけの関係なんだって思ったらすごく悲しくて。確かに元々そういう契約だったけど、でも……」