怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました
「終わりました」
「あぁ。行こうか」
拓海の手が背中に添えられ、二度と訪れることはないであろう社内を見回す。
一年目はほぼ現地にいたため、このオフィスで仕事をしていたのは約一年。その半分を嫌な思いをして過ごしたため、感傷に浸るほどの思い入れもない。
「お、おい、沙綾……待ってくれ。監査なんて入ったら、俺は……」
「引き継ぎの資料は共有フォルダに入れておきました。誰に割り振るのかは、チーフにお任せします」
「そんな……あんな大量の案件、誰も……」
蒼白になる雅信を見ても、沙綾の心は動かなかった。
「外回り中に“休憩”する余裕のあるあなたなら、彼女が抱えていた案件くらい、残業せずに効率よくこなせるんだろう?」
拓海の言葉に、雅信がグッと言葉に詰まる。
「お世話になりました」
沙綾は一礼すると、振り返らずに会社をあとにした。