自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「研修医に執刀医をさせるのが俺のやり方だ」
 米国州立大学獣医科のレジデント(研修医)から准教授まで上りつめた隼人院長のやり方なんだ。日本とは真逆。

「第一助手の役割は術者が手術をしやすいように術野を確保しながら、手術のサポートをすることだ」
 そう言い残して去って行った。

「あ、あの、教えてくださってありがとうございます!」
 私の声は聞こえているはず。広い背中はピクリとも動かず行っちゃった。

 俺が俺がと前に出て来る自信過剰の隼人院長がサポートする側とは。
 隼人院長のサポートのおかげで手術は成功したでしょうに、朝輝先生を褒めてあげたんだ。以外に優しいんだ。

 深刻な人材不足に先行きを懸念して、若手を育てる情熱と愛情を感じる。

 医局に戻ると、さっきまで一緒に手術室に居た俊介先生が「おかえり」と迎えてくれた。

「阿加ちゃん、おかえりなさい! 疲れたでしょ、さぁ座って。今、お茶を淹れるわね」
 『いいえ、私が』と言う間もなく、大樋さんが私をソファーに座らせキッチンに行った。

「お疲れ様、よく頑張ってたね」
「最初に俊介先生がかけてくれた言葉で落ち着きました、ありがとうございます。でも、今になって力が抜けてきちゃいました」

「気が張っていたよね。失敗を恐れず自分の考えも院長に言えるようになって成長に驚いたよ」
「ありがとうございます。日ごろの皆さまのご指導のおかげです」
 私が直接介助と器械出しをやり遂げたなんて、まだ夢の中みたい。

「お疲れ様。手術の様子を俊介先生から聞いたわよ。術後は脳が疲れてるから甘いのも、どうぞ召し上がれ」

「いただきます」 
 興奮していて、体と脳の疲労感が激しい。

「疲れたでしょ、疲れたって言っていいんだよ。僕も疲れたよ」
 俊介先生。
「疲れたぁ、疲れたぁ、くたくた、しんどい」
 声に出したら、とってもすっきりした。

「昨日も院長に褒められたもんね」 
「阿加ちゃん、院長が褒めたの?」 
 大樋さんの言葉に私の正面で俊介先生がビックリしている。

「そうなんです、初めてで気恥ずかしかったです。隼人院長に褒められるなんて慣れていないから」

「院長の素晴らしかったところは、褒めるべきところはしっかりと褒めてあげて、それを感謝の意として伝えたことよ」

 隼人院長は鬼のお面をかぶった神様なのかな。

「あら、執刀医がお出ましだわ、おかえりなさい。お疲れ様です波島先生」 
 大樋さんに続いて俊介先生と私も口々に朝輝先生を労う。
「ただいま、お疲れっす。とうとうやっちゃいましたね、執刀医」 

「よく頑張ったね、判断力に恐れ入ったよ」
「あざ──す! コニー診て来たら落ち着いていました」   
 術後は入院室担当の看護師が手厚い看護をしてくれるから大丈夫。  

「最初のころはめちゃくちゃ叱られましたからね、院長と塔馬先生に。人見先生と矢神先生は庇ってくださって、僕の救いでした」
 めちゃくちゃ想像がつく。
  
「私の夢が叶ったわ、いつか言ったわよね。波島先生が執刀医で阿加ちゃんが器械出しで手術に立ち会ってほしいって。阿加ちゃんは直接介助と二刀流だもんね」

 褒められると、くすぐったい。
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