自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「阿加ちゃんが頼ってくれて嬉しかったし、見て見ぬふりは出来ない。自分にもなにか出来ることがあるはずって思ったら、勝手に体が動いてたのよ」

 葉夏先生はケロッとして、「私のことは心配しないで」って、逆に私を気にかけてくれる。

「投与に対して変だと思いながら非枝先生を制止出来なかったことが悔やんでも悔やみきれません」
 猫に対しての罪悪感もしんどい。

 あのとき俊介先生が手隙だったら。
 あのとき非枝先生に会わなかったら。
 あのとき力づくでも強引にでも非枝先生を止めていたら。

 頭の中が壊れそうなほどグチャグチャに絡み合う。

「獣医の性分なのよ、目の前に困っている人がいたらとにかく助けたい。それが阿加ちゃん、あなただったの。一緒に乗り越えよう」

「ありがとうございます。すみません、ちょっと席を外させていただきます、失礼します」
 勢い良くスタッフルームを飛び出し非枝先生を血眼で探し回る。

 患者を、そして葉夏先生をこんな目に合わせた非枝先生と向き合う決心がついた。 
 嫌味を言われても意地悪されても負けない、一歩も引かないって決めた。
 
 前にもあった投薬ミスにオピオイド(医療用麻薬)投与の拒否。もう非枝先生を許さない!!

 猛スピードで流れる景色の中、廊下に擦れる靴底の音が響き渡る。

「ユリちゃん、非枝先生はどこ?」
「麻美菜、どした? 真っ赤な顔して」
「非枝先生はどこなの?」 
「今さっき医局を出て行ったよ、行き先は分からない」
「ありがとう」
「あっ、ちょっと麻美菜」ってユリちゃんの声を背後に聞きながら、また走り出す。

 長い廊下の前方に非枝先生のうしろ姿を見つけた。双眼鏡を逆さに覗いていたみたいに小さな非枝先生のうしろ姿が徐々に大きくなっていった。

「非枝先生」
「は?」
「分かっていますよね。おととい外来で非枝先生が診療した投薬ミスの子が、昨日落ちた(死んだ)ことを」

「適切な処置だ、投薬ミスとはなんだ。ま、どうでも良いけど」

「あの子を助けようと動いてくれたのも憔悴しきった飼い主に激しく責められて謝罪したのも葉夏先生なんですよ」

「それ誰?」
「矢神先生ですよ」
「ふぅん、どうでも良いけど。で?」
 平然と言いのけるんだ?

「葉夏先生に謝ってください」
「なんで謝んなきゃならないんだ、ふざけるな」
 ふんと鼻で笑われた。

 まだ言い足りない、怒りが収まらない。こっちこそふざけるなだよ。
< 68 / 112 >

この作品をシェア

pagetop