自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「自分が不在のときに非枝に任せると思惑と違う対応になることがある。非枝には診療や対応の力量がないからだ」
 
「僕は院長になるために道永と争って、今の地位まで上りつめた」

「上りつめたというのはトップに立つ俺だけが使う言葉だ。非枝はその他大勢だ」
 
「僕らはライバルだろ?」

「お前が俺のライバルだと? 冗談だろ、認めていない。非枝は獣医としての力量がない。単に上に取り入って院長になろうとした」

 非枝先生って強くて逆らえない人の前では、俺じゃなくて僕って言うんだ?

「今まで見守ってきたが、非枝はチームワークが物を言う医療センターのような巨大組織には向かない」

「人を寄せ付けない道永だけには言われたくないね」

「院長というトップの座に君臨する結果を出したが?」
 一瞬、片眉を上げ軽く口角を上げる隼人院長の表情からは自信を(うかが)い知る。

「悪いことは言わない、町のクリニックや動物病院に行った方が良い。非枝のためではなく動物と飼い主。それに共に働く獣医と看護師のための忠告だ」

「町のクリニックや動物病院だと? いつか俺は大病院のセンター長に就任してやる」

「野望だけは御立派だな、お手並み拝見といくか。その手で掴み取れるものなら取ってみろ、汚い手を使ってではなく正々堂々と」

 非枝先生が自分の才能を買い被りすぎていて、聞いているこっちの方が恥ずかしくていたたまれない。
 無謀すぎて気の毒になる。
 
「非枝に最後の情を掛けてやる。俺がクビを切る前に、みずからこのセンターを出て行け」
「言われなくても出て行くよ、こんなところに未練はない」

「引き継ぎは必要ない、非枝の代わりはいくらでもいる。今すぐ辞めても誰も困らないから行って良し」
 笑顔の隼人院長が犬を追い払うように手を二度ひらひらさせた。

「後悔させてやる。今、辞めさせたら僕のチームはダメになる」
「ならない」
 あっさりと即答する隼人院長に思わず私の頬が緩む。

「非枝が抜けても、すぐにでも新しいチーム編成を作れる」

 未練はないと口では言った非枝先生だけれど、広い歩幅で廊下を強く蹴り上げながら歩いて行くうしろ姿には屈辱的な悔しさが滲み出ている。

 ようやく決着がついた、これで患者たちの命が守られる。

「隼人院長、ありがとうございます」
「貧乏くじに礼を言われる筋合いはない」
 涙ボクロがちょっぴり垂れたような気がする。

「ありがとうございます! これからも頑張りますのでよろしくお願いします!」

 足早に行ってしまったうしろ姿に果たして私の言葉が届いたか。
 今よりもっともっと成長出来る、私は頑張れる。
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