磁石な恋 ~嫌よ嫌よは嫌なだけ?~
*厄介な来襲*
台風が近づいていて前日よりも10度ほど涼しかったある日。

いつものように会社の休憩室で持参したお弁当を食べ終わった真海(まなみ)は銀行に行った後まだだいぶ時間があるからと、カフェでテイクアウトしたアイスココアを片手に公園を散歩していた。

朝降っていた雨はやんでいたけれど、空は泣いたところでまだまだ気は晴れないとばかりに憂鬱そうに曇っていたが、植物達はお構いなしでエネルギッシュに葉を広げ花を咲かせている。それを見ているだけで笑顔になってしまう。

───今までだったらいくら涼しくても公園を散歩なんかしないで念入りにメイク直ししたりSNSチェックしたりして過ごしてたのに、なんかあいつと付き合うようになってから心穏やかっていうか、色々なものが美しく見える、というか美しかったことを思い出したって感じ。なんなんだろう。初めての彼氏でもないのに。なんかムカつく。

そう思いながら無意識にふふっと笑ってしまったところでセミが鳴き始めた。

───今日は涼しいけど今夏真っ盛りだもんね。あいつとなんか夏っぽいことしたいな。前付き合ってたあの人とはそういうことしなかったけど。おしゃれな食事行ってあの人が好きだったセレクトショップ見るか、家デートばっかりで、食べ物とか洋服で季節感じてたな。

元彼のことを思い出しても不思議と以前のような苦味を感じることがなかった。悠馬(ゆうま)のぬくもりに包まれた真海の中で彼のことは遠い過去のこととして適切に処理されていたのだ。

真海がそのことに気づいてハッとしたと同時に『やっと会えた。ずっと連絡待ってたよ。』と穏やかを装いつつ責めるような声が彼女の足を止めた。
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