大嫌いの先にあるもの
「黒須の腕の中、あったかい」

「暑いか?」

「ううん。丁度いいし安心する。今なら言えそう」

「何を?」

「黒須にずっと謝りたかったんだ。美香ちゃんの事でずっと恨んでいてごめんなさい。美香ちゃんを喪って、一番辛いのは黒須なのにね」

春音の言葉が胸に沁みる。

僕のせいで美香が死んだと言われても当然だと思っていた。幸せにすると言っておいて、僕は美香を守れなかったんだから。
それなのに、春音はもう僕を責めないのか?

「黒須と一緒にいてわかったよ。どんなに黒須が美香ちゃんを大事に思っているかって。リビングにあるグランドピアノ、あれ美香ちゃんが使っていたやつだよね?」

腕の中の春音がこっちを見上げた。

「そうだよ。美香のピアノだ。どうしても処分できなくてね。ニューヨークから持って来てしまったよ」

「黒須、時々、寂しそうにピアノ見ているよね。美香ちゃんの事考えているの?」

「まあ、そうかな」

「いつだったか、黒須がBlue&Devilでピアノ演奏していたのを聴いたんだけどね。その時の演奏が美香ちゃんのピアノそっくりで鳥肌立った」

「そうか」

「あれは相当、美香ちゃんの事好きじゃないと弾けないピアノだって思ったよ。美香ちゃんも幸せだよ。亡くなった後も黒須が大事に想っているんだから」

美香も幸せか。春音からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

熱いものが込みあがってくる。春音の前で泣くなんてカッコ悪いが涙が滲んだ。
< 197 / 360 >

この作品をシェア

pagetop