大嫌いの先にあるもの
気づくと、社長の息子の話をしていた。断るつもりだった。今はとても男の人に会える心境じゃない。だけど、おばあちゃんが出会いは一期一会だって言うし、男の事を忘れるには男しかないんだよ、なんて言うから会う事にした。

でも、黒須に似た相沢さんの背中を見て呆気ない程、簡単に気持ちが揺れる。やっぱり会うのはやめようかなんて考え始めてる。

もう終わった恋なのに。

この一週間、気づくと黒須の事を考えていた。今日はどんなスーツを着ているんだろうとか、相沢さんの所でお仕事しているのかなとか、バーでお酒飲んでいるのかなとか……。

自分でも呆れる。こんな事ばかり考えて。
相沢さんに話しながら黒須に会いたくて堪らなくなってくる。

これ以上、バーにはいられない。
そう思って、逃げるように話を切り上げ、カウンターを離れた。

「春音!」
出入口のドアまで行くと、そう呼ばれてびっくりした。
カウンターの中にいたのは相沢さんじゃなくて、黒須だったんだ。

私、何を話した?黒須が恋しくて苦しい事は言ってないよね。

震える手でドアノブを掴んで逃げた。
今さら会えない。

全力で通りを走った。何度も人にぶつかりそうになる。
必死で走った。走りながら黒須が追いかけて来る事を願った。

そんな事、絶対にありえないのに。
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