年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月まで
「違うんだ……。実家に同じものがあって……」

 ようやく声を絞り出すように俺はそう言う。
 有名な食器メーカーのティーカップ。ギリシャ神話にヒントを得てデザインされたと言うそのテーマは、愛の絆。

 父は後々、これを見ながら俺に言った。『何か気恥ずかしくて、なかなか渡せなかった』と。父は、まさかこれが最後になるなんて思っていなかっただろうから。

 でもさっちゃんはこれを最初に選んで贈ってくれた。それだけで、この上なく幸せだ。

「……睦月さん……」

 隣から小さくさっちゃんの声がしたと思うと、ふわっと俺の首にさっちゃんの腕が回り、俺は横から抱きしめられていた。

「お母様との……思い出の品だったんですね……」

 背中から、泣きそうに震えるさっちゃんの声がして、その指は俺を慰めるように俺の頭を撫でていた。

「うん……。そう」

 鼻を啜りながら、俺も腕を伸ばしてさっちゃんの背中を撫でる。

「ごめんね。俺、さっちゃんの前じゃ見っともない姿ばっかり見せてるよね」

 自分でも分かるくらい鼻にかかった声でさっちゃんにそう言うと、さっちゃんは俺の顔の横で首を振った。

「そんなことないです……。睦月さんがいろんな表情を見せてくれて、私は嬉しいです」

 あぁ。本当に……愛しい……

 そんな気持ちが湧き上がってくる。

 膝に乗せていたティーカップを落とさないようテーブルに置くと、俺は両手でさっちゃんを抱きしめた。
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