お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「姫さん、明後日にはパレマキリアの港に入る」
 アイリーンをベッドに横にならせ、冷たいタオルを額に乗せながらカルヴァドスは言った。
 パレマキリアという名に、アイリーンの体がビクリと震え、見る間に強ばって行った。
 アイリーンの緊張を感じ取ったカルヴァドスは、優しくアイリーンの手を握った。
「姫さん、心配ない。パレマキリアの連中には、姫さんには指一本触れさせない。クルーには、パレマキリアには姫さんに乱暴を働こうとした男がいて、今もしつこく姫さんを狙っていると話してある。だから、この船に姫さんが乗ってることは、絶対に誰も喋ったりしないから、姫さんは心配しなくて大丈夫だ」
 カルヴァドスの心配りに、アイリーンは涙がこぼれそうだった。
「どうして、そんなに私に親切にしてくださるんですか?」
 カルヴァドスと出逢って以来、涙腺が緩くなって、人前で泣いてしまうようになった自分が不甲斐なくて、アイリーンは俯きながら尋ねた。
「そんなの決まってるだろ。俺が姫さんに一目惚れしたからだ。誰にも姫さんは渡さないからな。婚約者にも、タリアレーナにいる男にもな」
 カルヴァドスは胸を張って言ったが、兄のウィリアムが見つかり次第、国に帰りダリウス王子に嫁がねばならないアイリーンとしては、カルヴァドスの愛に答えることが出来ないにもかかわらず、カルヴァドスに、おんぶにだっこで頼ってしまっていることが申し訳なくて、親切で優しいカルヴァドスを利用しているような気がして自分が許せなかった。
「でも、私には婚約者がいます」
「それでも、独りでタリアレーナまで働きながら船に載せて貰ってまで逢いに行きたい男がいるんだろ?」
 カルヴァドスの言葉に、アイリーンは無言で頷いた。
「最初は、婚約者から逃げて逢いに行くって言ってただろ? その後、どうするつもりだったんだ? 俺は、てっきり、そのまんま、その男と逃げるんだと思ってたんだけどな」
 カルヴァドスが考えるのももっともで、アイリーンが話した作り話で行けば、タリアレーナで感動の再会を果たした二人は、相手に新しい恋人さえ居なければ、そのまま手に手を取って何処かへ逃げおおせるはずだ。
「連絡が途絶えた時から、他に女性が居るのではとは思っていました。だから、一目逢ったら、私は国に帰り、大人しく決められた方に嫁ぐつもりです」
 実際のところ、兄のウィリアムが見つかろうが、見つかるまいが、アイリーンは半年以内に国に戻らなくてはならない。そして、どんなに頑張っても、それから三ヶ月以内にはダリウス王子と挙式を挙げなくてはならない。それが、唯一アイリーンに残された選択で、これ以外の道はアイリーンには残されていない。
 アイリーンの言葉にカルヴァドスが瞳を曇らせた。
「なあ、もし、その男に別の女性がいるなら、俺と一緒に逃げないか?」
 カルヴァドスの言葉に、アイリーンは目を伏せ頭を横に振った。
「それは出来ません」
「なんでだ? 親の決めた婚約者なんて、好きでも何でもないんだろう?」
 カルヴァドスの言うことは正しかった。アイリーン自身、結婚相手のダリウス王子のことは苦手だし、側にいるだけで不快な事は言うまでもない。しかし、ダリウス王子がパレマキリアの王太子であり、アイリーンがデロスの王女である限り、そこに存在する権力の差と立場の差を是正する方法はない。
 ダリウス王子の要求をアイリーンがのまなければ、大切な民も家族も、皆、命を脅かされる事になるのだ。
「私が逃げれば、家の者が酷い目に遭わされます。だから、私には、家に戻り嫁ぐしか、本当は選択肢はないのです」
 アイリーンは必死に涙を堪えた。
「だから、もう私のことは、この船の下働きか、カルヴァドスさん付きの侍女として扱ってください」
「姫さん、何でそんなことを・・・・・・」
 カルヴァドスが動揺した。
「私には、何もお返しすることが出来ないんです。カルヴァドスさんに、こんなに大切にされても、私には何も・・・・・・。これではカルヴァドスさんの優しさを利用しているみたいで、狡すぎて、私、苦しくて、申し訳なくて・・・・・・」
 堪えきれずに涙がアイリーンの頬を濡らした。
「なあ、姫さん。愛って、見返りなんか求めない、そう言うもんなんだぜ」
 カルヴァドスは静かな声で言った。
「俺は、姫さんが俺と一緒にいて、安心できて、楽しくて、幸せなら、それで良い。たとえ、俺と姫さんの物語がハッピーエンドにならなくても、姫さんが俺のそばに居てくれるなら、オレは幸せだ。だから、俺で役に立つなら、好きなだけ利用すればいい。姫さんの役に立つなら、俺は幸せだから・・・・・・」
 アイリーンの答えは言葉にならなかった。
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