お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 ドクターの部屋を出たカルヴァドスは、まっすぐ部屋に戻らず船首の海の女神の像の所まで歩いていった。
 外海を最大船速で進む船は、真っ正面から向かい波を受ける。その最前線に当たる船首の揺れは半端ではない。
 カルヴァドスが夜の散歩にアイリーンを誘わなかったのは、航路変更に伴う時間短縮のため、アイリーンを連れて散歩に来られるほど船首は安全な場所ではないからだった。
 つい先日、満月の晩に二人で愛を語り合った時のロマンチックな雰囲気はなく、激しく叩きつける波の音と、風に押される船とそれを押し戻そうとする波とのせめぎあいの激しい音が響いていた。
「アイリーン」
 誰にも聞こえないから、カルヴァドスはアイリーンの名を口にした。
 アイリーンを誰にも渡したくないという思いはカルヴァドスの中に確固たるものとしてあったが、身分の差は、容易く解決できる問題ではない。
 たとえ、パレマキリアのダリウス王子を諦めさせたとしても、アイリーンの降嫁を望む国王の意向があるから、アイリーンには多分、純血のデロス貴族の中から新しい婚約者か選ばれることは間違いなかった。
 それでも、弱いものを痛めつけて楽しむのが生きがいの変態男の所へ嫁ぐのでなければ、アイリーンは幸せになれるかもしれない。

(・・・・・・・・アイリーンは今年成人だから、十八か・・・・・・・・)

 デロスは男女共に十八が成人だが、エクソシアは異なる。
 デロスのように一夫一婦制の国は、男女で成人年齢が異なることは珍しい。しかし、エクソシアは一夫多妻なので、男女で成人年齢が異なる。
 男子は十六で成人するが、女子は生理が来て子供を産めるようになると、親が準成人を申し出る。これにより、未成年でも結婚の許可が下りる。
 大抵の女子が遅くとも十四で生理がくるため、女子は十四で成人し結婚することになる。
 だから、女子は十歳を過ぎると見合いと婚約ラッシュが訪れ、男子も十二になる頃には見合いと婚約ラッシュが始まる。大抵、成人すると一人は婚約者が居ると言うのがお約束だ。
 何しろ一夫多妻なのだから、地位と財産に比例して妻の数は増えていく。
 子爵、男爵レベルならば三人程度、伯爵ならば四人以上、侯爵レベルならば六人以上。公爵になれば軽く八人以上。皇帝の後宮には、名前を覚えられないくらいの妻が居る。
 この百年で、一番妻の少なかった皇帝で十五人と言われている。そのうち五人は、六ヶ国同盟のそれぞれの国からの輿入れで、残りの十人は国内から選ばれた。

 エクソシアに生まれたカルヴァドスにも、実は婚約者が三人ほど居た。それが嫌で、父親と喧嘩になり、家を出て船に乗る様になったが、よく考えると、カルヴァドスがアイリーンに恋をしたのは、アイリーンがまだ十歳の時で、その時、既にカルヴァドスは十八だった。

(・・・・・・・・俺、このふざけた頭で歳をごまかしてるけど、アイリと八歳も違うんだよな。もしかして、それを知ったら、アイリ、俺のことオヤジだと思って興味なくすかもしれないな。あの元婚約者も、俺のことタメ位に思ってたみたいだけど、四歳は年下だよな・・・・・・・・)

 考えると、今更ながらにアイリーンと幸せになれる道は険しく感じられた。

(・・・・・・・・でも、さっきのアイリの言葉、どういう意味だ? 姫がパレマキリアに嫁いだら、俺が残念に思う? そりゃ当然だ。姫とアイリは同じ人間なんだから、姫が嫁ぐって事は、アイリが嫁ぐってことで・・・・・・・・)

 そこまで考えてから、カルヴァドスは、ふと矛盾に気付いた。
 今のアイリーンは、姫であって姫ではない。自称、アイリーン付き侍女のアイリスである。

(・・・・・・・・ん、待てよ。俺が愛の告白をしているのはアイリで、俺の中ではアイリと姫はイコールだが、もしかして、あ! アイリの中では、姫と自分は別物だと思ってる訳で、まさか、俺の愛の告白を姫への愛の告白だと思って、自分は身代わりとか面倒なこと考えてるとか・・・・・・・・)

 突然、自分を拒絶したアイリーンの心理を理解したカルヴァドスは、急いで部屋へと引き返した。
< 134 / 301 >

この作品をシェア

pagetop