お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 それでも、アイリーンと過ごせる最後の晩なので、カルヴァドスは渋々たちあがった。
「カルヴァドス様、既に腹は括ったと仰せではありませんでしたか?」
 アンドレが畳み掛けるように問いかけた。
「腹を括ったとは言った。それは俺のことで、アイリーンを皇帝に嫁がせるためじゃない!」
 アンドレがカルヴァドスの事を見つめた。
「アイリーンは若い。俺とのことは、いずれ忘れ、幸せになれる相手と結ばれるだろう。その代わりになら、俺は牢にでも、逃げ続けた責任にも向き直ろう。それは全てアイリーンの為だ」
「カルヴァドス様は、ご自分がアイリーン様とお幸せになられる道は、お考えではないのですか?」
 アンドレの問いに、カルヴァドスは頭を横に振った。
「二兎を追うものは、一兎をも得ずというだろう。ここで、俺が一番大切にしたいのはアイリーンの幸せだ。俺は、十分好き勝手やって、幸せに暮らしたよ。そろそろ、ツケを払って精算するときが来たと思えばいい。でも、アイリーンはまだ十八だ! これから出逢いもあれば、恋も出来る」
「ですが、アイリーン様とお過ごしのカルヴァドス様ほど、お幸せに見えたことはございませんが?」
 アンドレの言葉は事実だった。このまま、互いに身分を明かし、幸せになることが許されるなら、それを望まないカルヴァドスではない。しかし、アイリーンが、身分を明かしてくれない以上、カルヴァドスにも打てる手は限られていた。
「言ったはずだ。俺の望みは、アイリーンが、幸せになること。俺が幸せになる事じゃない! アイリーンを守るために括った腹だ。潔く、すべてを捨てる覚悟は出来ている」
 カルヴァドスは言うと、サロンを出ていった。
 残されたアンドレは、カルヴァドスの決意の固さと、アイリーンへの愛の深さを知り、何とか二人が幸せになる道はないだろうかと、老婆心ながら、考えずには居られなかった。

☆☆☆

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