エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「いえいえ、そんなことないです。碧さんみたいに格好いい男性と結婚できたのもたまたまで。お似合いなんてとんでもない」

珠希は必死で反論する。
お世辞だとわかっていても、碧に申し訳ない。

「ふふっ。遥香もいつか宗崎先生みたいにかっこよくて優しい人と結婚したいって言ってます。以前はパパのお嫁さんになるって言ってたんです。だけど今はなにも覚えてなくて……」
「……三好さん?」

遥香の母は、突然表情を曇らせ黙り込んだ。よく見ると目には涙が浮かんでいて顔色も悪い。

「どうかされました? 気分でも悪いですか? だったらドクターを――」

珠希は慌てて立ち上がると、休憩中のドクターはいないかと店内を見回した。

「あ、違います、大丈夫ですから、心配いりません」

本気で医師か看護師を連れて来そうな珠希を、遥香の母は慌てて制した。

「大丈夫です。昔のことを思いだすといつもこうなんです。ごめんなさい。私、涙もろくて。あ、宗崎先生が珠希さんも泣き虫だっておっしゃってました。そこもかわいいって、口には出さなくても表情でもろばれです」
「三好さん……」

遥香の母は、目尻に光る涙を手の甲で拭い続けている。
そんな中でも碧を茶化している笑顔が悲しく見える。

「すみません、なんでもないんです。ただ……宗崎先生からお聞きでしょうが、遥香が事故に遭う前のことを思い出してしまって。すみません」

引きつった笑顔をつくり、遥香の母は珠希に頭を下げる。

「事故に遭う前……?」 

遥香が事故に遭い大けがをしたことならたしかに碧から聞いている。
この半年、自宅から離れた白石病院に入院し、リハビリを続けていることも。
遥香の母は、事故以前の遥香を思い出したせいで、目を潤ませているのだろうか。
珠希は目を輝かせてエレクトーンを眺めていた遥香を思い出し、目の奥が熱くなる。
< 105 / 179 >

この作品をシェア

pagetop