エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
第四章 愛さずにはいられません
第四章 愛さずにはいられません

師走に入り街並みがクリスマスカラーに彩られた平日の午前、珠希と碧は揃って婚姻届を役所に提出した。
珠希は窓口の担当者の「おめでとうございます」という、あまりにもあっさりとした言葉に拍子抜けしたものの、碧から「これからよろしく。奥さん」と声をかけられ、結婚したのだと実感した。

「あっけなかったな。紙切れ一枚の約束ってよく聞くけど、それって間違いじゃないな」

碧は駅に向かって歩きながら、傍らの珠希に笑顔を向けた。
冬の豊かな陽射しを浴びた笑顔はとても晴れやかで、オフィス街を歩く足取りも軽やかだ。

「でも、提出したのは一枚ですけど、紙切れ五枚の約束っていうのが正確です」

碧の隣で、珠希は肩を揺らして思い出し笑いをしている。

「……そのことは忘れろ」

碧は恥ずかしそうに言い捨てると、珠希の手を掴んでずんずん歩き始めた。
頬を赤くし珠希と目を合わせようとしない姿は、いつも冷静なエリート脳外科医とは思えない。

「書き損ねた四枚は、丁寧にファイリングしてしまっておきました」
「は? 全部シュレッダー行きだって言ってなかったか?」

不満げな顔で素早く反応した碧に、珠希はクスクス笑う。

「宗崎さ……碧さんが一生懸命書いた婚姻届ですから、結局手放せませんでした」 
「なんだよそれ……」

碧は空いている手で顔を覆い、空を見上げた。かなり恥ずかしそうだ。
二日前、碧が住むマンションに珠希の荷物を運び入れたあと婚姻届に記入をしたのだが、碧が続けて四枚書き損じてしまい、結局五枚目で無事全ての欄の記入が終わったのだ。
緊張で手が震えていた碧の固い表情は、滅多に見られない貴重なもの。
少し離れた場所から見守っていた珠希は、レアな彼の表情を写真に残したくて仕方がなかった。



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