媚薬
再び
「いらっしゃいませご注文は何にされますか」
夏はできるだけ平静を装い、いつもと変わらない様子でにこやかに注文を聞いた。
「久しぶりだね。ウイスキーをロックでお願い」
かしこまりましたと夏は彼のウイスキーを準備する。
その間におつまみを出したマスターはそれとなく彼に質問をした。
「お仕事帰りですか?」
「そうですね、最近は仕事が忙しくて、なかなか時間が取れません」
「お疲れさまです」
初めて会うお客様に対して質問をするのはタブーだ。それを承知でマスターは訊ねている。
「仕事で近くに来ることが多くなったので、この辺りで良いバーを探していました。ここは雰囲気がよく落ち着けますね」
「そうですか、有難うございます」
マスターはうんうんと頷きながら、いつもの営業スマイルで、どうぞごゆっくと感謝の気持ちを伝えた。
数分話をするだけでマスターは人を見抜く。お酒の飲み方もそうだが、例えばおしぼりの置き方、トイレの使い方。姿勢やファッションセンス。
彼はマスターから及第点を得たようだった。
ウイスキーを彼の前に出すと同時に、新しい客が二人入ってきた。そして女性客の常連さんがやってきた。
店が少し忙しくなり、彼と話をしなくて済むと夏は少しホッとした。
常連の女性客はマスターに気があるらしく、いつもはカウンターの奥の席でお店が暇な時にマスターに相手をしてもらっている。
今日は初めて見る客の彼を見つけると「お隣、よろしいですか?」と尋ねた。
連れがいる場合を除き、こういう時に断るのは客同士気まずくなる。空いている席に座るのは客として、もちろん自由だからだ。
「どうぞ」
愛想よく答え、彼は腕時計に目をやった。
二杯目を飲み終わると彼は夏を捕まえた。
「話があるから時間は取れる?」
夏はドキッとした。やはり声をかけてこられた。
「後、一時間ほどで終わります。部屋で待っていてください」
会計のとき、部屋の鍵をそっと彼に渡すと、ありがとうございましたと言って送り出した。