媚薬

彼のとの関係



ミケランジェロのダビデ像の前で夏は思わずため息をつく。
まさしく彼はダビデ像。鍛え磨き抜かれた男性の裸体にこそ、理想の美が現れる。古代オリンピックの参加者のごとく、美しい体だ。

今日は古代ギリシャ彫刻についての講座があり美術館へ来ていた。
彫刻の前に立つと、その圧倒的な存在感に息を呑む。
笹野さんの肉体美はそれに匹敵するだろう。


美術館の中は平日ということもあり来館者も少なく静かだった。

夏は庭園に場所を移しベンチに腰を下ろした。

今の笹野さんとの関係は体だけ……多分自分の今の状況から考えると、まさしくセフレ。

悲しいけどそういう行為しかしてない。毎週決まった曜日にやってきて、翌日昼には必ず帰っていく。

彼は昼からは仕事だと言って必ず帰る。
夏は彼と一緒に何処かへ出かけたことはない。デートのような事は一度もしていない。

必ず同じ時間に帰ってしまう事から、既婚者かもしれないと思った。不倫なんて嫌だ。
その可能性はすでに考えて、夏は結論を出した。

彼は多分結婚してる。事が終われば、奥さんの待つ家へ急いで帰るんだ。

不倫に対してのリスクを考える。不利なのは自分で、お嫁さんから訴えられる可能性は十分ある。
スマホで慰謝料の相場まで調べたけど百害あって一利なしだ。「別れろ!」と自分に一喝する。

夏は笹野さんに「結婚してるのか?」と聞けないでいる。
きちんとアイロンのかかったハンカチ、ネクタイとスーツの組み合わせ方に女性の手が加わっていると感じる。
仕事の電話とは言っているが、早く帰ってくるようにと言う女性の声からは、深い間柄を感じさせる馴れ馴れしさがあった。

笹野さんの年齢は36歳。夏のひと回り上だ。結婚していてもおかしくない。

笹野さんは夏の体だけが目的なのだろう。週に1度ただで抱ける女。お金もかからない面倒なこともない。我がままも言わない。手軽な相手なのだろう。

けれど彼があんなに愛おしそうに夏を抱いてくれるから、そこに愛があるのかもしれないと錯覚してしまう。


癖になるほど彼との逢瀬は気持ちがいい。まさに天国。他を知らないからなのかもしれないけど、それはもう、凄いんです。

決してそういう関係が良いものだとは思わないが、自分がすでに沼に嵌ってしまっていて、抜け出せないのではないかと不安になった。
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