媚薬

神吉さん



閉館の時間が近づいてそろそろ帰ろうと腰を上げるとマスターの友人の一人、彫刻家の神吉(かんき)さんに出くわした。

「こんにちは。なっちゃんだ。久しぶりだね」

「こんにちは」

バーでよく会う神吉さんとは顔見知りだった。

「ギリシャ彫刻の話は理解できた?もし質問があるならいつでも受け付けます。2日くらいかけて説明する」

「長いです」

ははっと笑って2人で出口へ向かった。

学芸員でもある彼は真面目な性格で、彫刻関係で解らないことがあればいつも丁寧に教えてくれる。今日の美術館での講座も彼が主体となって行われたものだった。


バー『PROBE』は同じ国立の美大出身者4人が主体となって始めた。

マスターと、神吉さんそして後二人の男性。
オープンして10年が経つ。
4人の友情は今でも失われず、バーにみんなが集まるといつも賑やかだった。
とても温かい素敵な関係が伺え、夏には入ることができない4人の深い絆が彼らの中には存在した。

「久しぶりに『PROBE』行こうかと思ったけど今日から改装工事に入ってるって言ってたっけ?」

夏は駅まで歩いて神吉さんと同じ電車に乗っていた。

「そうです。お店が開くのは3週間後ですね」

「じゃあなっちゃん休みなの?」

「はい。暇になりますから何か短期で良いアルバイトでも探そうかなと。なにせ苦学生ですから、生活の為に働かなくては」

「そうか……じゃあご飯ご馳走するよ」

「あ、いえ、いえ、そういう意味じゃありませんので」

ちょうど僕もお腹が減ってきたから。と神吉さんは夏が気を遣わないよう上手に誘ってくれた。

夏の家の近くに新しくスペインバルができたから、そこへ偵察も兼ねて二人で行ってみようということになった。
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