Liars or Lovers 〜嘘つき女と嘘つき男〜
 ぐるぐると胸を支配する黒い感情。
 ヘラヘラした顔で、私の顔を覗き込む拓都さん。

「美羽さんの思い出、上書きしてあげるよ」
「きっと同じことすれば、忘れられるよ」
「ね、シよ?」

 払い除けたはずの手がまたスカートごしの腿を撫で、その手が段々と秘部に近づく。

 もう、何も考えられなかった。

 信じられない。

 裏切られた。

 まただ、ダメだ、バカだ、私は何やって……。

 涙が溢れ出すのに、
 硬直した身体は動かない。

 怖い。

 来ないで。

 お願い。

「やめて……」

 やっと絞り出した声。
 途端、にその手はピタリと動きを止めた。


 はっと顔を上げた。
 それで、私は言葉を失った。


 拓都さんが、泣いていた。

 時が止まったままのように、動かない拓都さん。

 けれど、その目からは確かに涙が流れ落ちていく。

 ほろほろと、涙だけが落ちていく。

「ごめん……なさい……」

 拓都さんは、小さな声で、もごもごと言った。


 何で? どうして?

 人の気持ちって、こんなにも分からないものだっけ?

 先程までの黒い感情が、綺麗に消えた訳じゃないけれど、心を支配し始めたのは、別のもやもやした感情だった。

 一人にするのは。
 いや、一人にしてあげるべきか。

 いや、どうでもいいじゃないか、こんなヤツ。
 私とヤろうとした、最低なクズ。
 泣いていようが関係ない、もうスパッと忘れちゃえ!

 なのに、心が言うことを聞かない。

 私は、いつの間にか泣いたまま俯いた彼に声をかけた。

「私、君がよく分からないけど、……君と恋ができて、楽しかったよ。それだけ。お代払っておくね。じゃあ」

 私はまだ涙の止まらない拓都さんに背を向け、そのまま席を立った。
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