Liars or Lovers 〜嘘つき女と嘘つき男〜
 カフェを出て、やってきたのは水族館。

「久しぶりだな」
「へえ、いつぶり?」

 入り口の看板を見上げて呟いた私に、拓都さんは入場券を1枚手渡しながら訊いてきた。

「大学ぶり、かな」
「じゃあ、3年くらいか」
「へ?」

 思わず拓都さんを見上げると、キョトンとした目がこちらを見ていた。

「あー、そう、3年くらいだね」

 あはは、と笑って誤魔化すと、拓都さんもははっと笑った。

 館内は休日のせいか、沢山の人で賑わっていた。

「すご、水槽おっきいね」

 私は入口近くの大水槽に吸い寄せられるように向かった。

 と、不意に手を握られた。
 トクン、とまた胸が高鳴る。

「はぐれちゃうと、いけないから」

 少し前を歩いていた私は振り返り、拓都さんを見上げる。
 その爽やかな笑みに、また胸が騒ぎ出す。
 反射的に顔を逸らすと、繋いだ手にキュッと力がこもった。

「嫌かもだけど、我慢して? この人混みだからさ」

 ゴツゴツした、男の人の手。
 そこから伝わる、彼の優しい体温。

「嫌じゃないんです! ただ、恥ずかしくて……」

 このドキドキが彼に伝わってしまうんじゃないかと、心配だった。
 恋愛ご無沙汰の私には、これは急展開すぎる。

「良かった。美羽さんは、照れ屋さんなんだ」

 ふふっと笑う声がして、少しだけ握られた手の力が緩んだ。
 それが、何だか寂しいと思ってしまって、私はその手を自分からきゅっと握り返した。

 ◇  ◇  ◇

 水族館を奥に進むと、段々と人も増えてくる。拓都さんの言った通り、手を繋いでいないとはぐれてしまいそうだ。
 恥ずかしくて拓都さんの顔を見られない私は、水槽にできるだけ集中していた。

 だがその時、不意に手が解かれる。

 え? と思ったのも束の間、今度は腰をぐっと抱き寄せられた。

「わっ!」

 すると、私の隣を小さな子供がタタっと駆けていく。

「あー……急にごめん」
「ううん、ありがとう」

 慌てて頭を横に振る。
 さすがに顔を見ずにお礼を言うのは、と彼を見上げれば、思いの外近くに彼の顔があった。

 ドキン、と今日一番大きく心臓が跳ねる。

 慌てて目の前の水槽に視線を移すと、今度は水槽のガラス越しに拓都さんと目が合った。

 ああ、もう!

 けれど、ガラスの向こう側で拓都さんがクスっと笑った。すると、なぜか私からも笑みが溢れた。

「良かった、笑ってくれた」

 耳元で囁かれて、ポッと顔が熱くなった。

 ぐっと抱かれた腕に力が入る。

 どうしよう。
 こんな甘い気持ち、いつぶりだろう。

「ねえ、美羽さんが嫌じゃなかったら、このまま――」
「あーのさ、この体勢、ちょっと、歩きにくいかなって」

 彼の腕の力が弱くなった隙に、さっとそこから抜け出した。
 ヒールでいつ彼の足を踏んでしまうか分からないという心配もあったけれど、それ以上にもう心臓が持ちそうに無かったから。

 けれど、ふと見た水槽のガラスの向こうで、拓都さんの顔がしゅんとなる。だから、私は慌てて彼の手を取った。

 ――間もなく、イルカショーが始まります。

 館内にアナウンスが流れた。

「拓都さん、イルカショー行かない?」
「行く」

 そう答えた拓都さんは、爽やかな笑みでこちらを見下ろす。だから、私も幸せでいっぱいになった。
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