Liars or Lovers 〜嘘つき女と嘘つき男〜
「席、空いてて良かったね」
「でも、スプラッシュシートって……」

 ショーを見にやってきたスタジアムは、もうすでにほぼ満席。
 そんな中、拓都さんは並んで空いている席を見つけてくれたのだ。
 けれど、その椅子には“水がかかる場合があります”との注意書き。

「ま、濡れても、今日暑いし丁度いいよ!」
「ふふ、そうだね……」

 なんて会話をしていると、ショーが始まる。
 イルカ達が手を振ったり可愛い声で歌ったり。
 水もそんなに跳ねないと、安心しきっていた矢先。

 ――ビッシャーン。

「わ!」

 大ジャンプと共に跳ねる水しぶき。
 目の前に急に広がる黒い影。

 見上げると、私をかばうように目の前に拓都さんが立っていた。

「え……?」
「はは、美羽さんの……顔は、守れた!」

 照れ笑いを浮かべながら、拓都さんは席に戻る。

「わ、冷てっ!」

 立ち上がっていたせいで座席までびしょびしょに濡れていたらしい。
 拓都さんはそのまま視線をショーに向けたけれど、私はそんな拓都さんの横顔を見つめた。
 いつの間にか、胸をドキドキとときめかせて。

 ◇  ◇  ◇

「彼女を守る彼氏さん、かっこ良かったですよ!」

 誰よりもびしょ濡れになってしまった拓都さん。ショーが終わり、近くの売店でバスタオルを買って戻ると、拓都さんは水族館のスタッフとそんな話をしていた。
 ショーの最中に前の方で立ち上がったこともあり、会場の注目の的だったらしい。

「いやぁ……」

 照れて後頭部をポリポリと掻く拓都さんを見ていると、自然に頬が綻ぶ。

「あ、彼女さん戻ってきましたね」

 そう言われてこちらを振り向いた拓都さんは、爽やかな笑みで右手を挙げた。

「おまたせ、これ……」
「サンキュ」

 差し出したバスタオル。
 拓都さんはそれを受け取り広げると、なぜか隣に座った私の前にしゃがみ込む。

「え?」
「美羽さん、足濡れちゃったでしょ?」

 それだけ言って、まだ濡れたままの私の膝下にタオルを這わせる。

「え、でも拓都さんの方が濡れて……」
「いいの、俺はここまで濡れたらもうなんか、ね。美羽さんは、冷えちゃうといけないから」

 そう言って優しく私の足を包み込む拓都さん。
 今度はキュン、と胸が跳ねた。

「サンダル、脱がせちゃってもいい?」

 上目遣いで見つめられ、顔面が急に熱を帯びる。
 まだ濡れたままの彼の髪から滴る雫が、やたらと色っぽい。

 コクコクと無言でうなずくと、彼はそっとサンダルを脱がせて、つま先まで丁寧に拭いてくれた。

「こっちも、まだ濡れてる」

 今度はタオルの感触が膝上に伸びてくる。

 待って待って、それ以上はっ――!

 短いフレアスカートの裾を越えそうになる、彼の手。

 拓都さんはただ拭いてくれてるだけ。
 拭いてくれてるだけ、なのに。

 先程までとは違うドキドキが胸を支配して、慌てて彼の手を振り払ってしまった。

「え?」

 キョトンとする拓都さん。
 あ、やっちゃった――。

「ご、ごめんなさい、で、でも、それ以上は……」

 と、途端に顔を真赤にする拓都さん。

「ご、ご、ご、ごめんなさい!」

 慌てて立ち上がった拓都さんは、バスタオルを頭からすっぽり被ってしまった。

 ◇  ◇  ◇

 結局、気まずいまま解散することにした私たち。

「風邪、引かないようにね」

 駅前で、まだバスタオルを首にかけたままの彼にそう告げる。

「うん……あーのさ、」

 もじもじしていた拓都さんは、急にこちらに振り向く。

「また、会ってくれますか?」

 その真剣な双眼に、射止められた。
 高鳴る鼓動が空気を伝って、拓都さんまで届いてしまいそうだ。

 けれど、サバを読んでいる後ろめたさに、私は顔を俯けた。

 真っ直ぐな想いが痛かった。
 だって、私は30代のオバサン。

「ダメ、ですか……?」

 その拓都さんの小さな声が、震えているように聞こえてしまった。
 だから、私は――

「また、会いたいです」

 そう答えてしまった。
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