たとえば運命の1日があるとすれば
1.朝
朝、会社に向かう人影のなかに、久しぶりに彼の姿を見た。

胃の辺りがぎゅうっとなるけど、自分を励ましつつ駆け寄る。
挨拶したら、何事もなかったかのように挨拶を返してくれるんじゃないかと期待しつつ。

「おはよう」

期待は見事に裏切られる。
彼はチラリと私に目をやって短く返事をした後、足のスピードを速めた。
私も負けじとついていく。

「話があるんだけど」

「忙しい」

バッサリ切り捨てられ、あまりの心の痛みに足が止まってしまった。

拒絶。

だめだ。

目の前が真っ暗になる。


その時、後ろから声がした。

「おはようございます」

立ちすくむ私を追い越しながら男性が挨拶してくれた。

さあっと、光がさして、
清澄な風が吹き抜けていく。

それは、泥沼の中から、青空を見上げるような感覚だった。

何だろう、これ。

大きく息を吸い込むと、少し身体に力が戻ってきた。

「……おはようございます」

私の声は少し震えていたけれど、歩き出すことはできた。

何気ない挨拶がこんなに身に染みるのは初めてだ。

世の中、優しい人もいる。

挨拶してくれた男性の後ろ姿を見て、懸命に足を動かした。





同じ会社で付き合っている彼から無視されるようになったのは2ヶ月ほど前。
彼からの誘いを、女友達と前々から約束していた予定があるからと断ったことがきっかけだった。
電話は出ない。
メッセージを送っても返信なし。
彼は隣の県にある関連会社に出向しているため、社内で会えることはあまりない。
今日みたいに機会があって、直接話そうとするとさっきみたいに拒絶される。冷たくてゾッとして、これが一番こたえた。
こういうことは前にも何度かあった。
しばらくたって彼の機嫌が直れば、元通り仲良くなれる。
ひたすら、待つ。
もうだめかも、と思いながら、希望を捨てきれない。
そうして今度も待っている。



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