僕の愛おしき憑かれた彼女
いつの間にか日が暮れ始めて、オレンジ色が校舎の壁を覆って、運動場は本日の役目を終え、ただ静かに夜の翳りを待っていた。

下足ホールを突っ切って、食堂手前の古い自動販売機が、数台並んだ真横のベンチに駿介が長い足を組みながら座った。

俺は、狭い通路を挟んだ反対側のベンチに同じく腰掛けた。古く、脚が均等でないのか、座るとガタっと揺れた。

「驚いただろ?」

「まあ」

駿介の実家のこと、愛子が、あんな風に取り乱して泣いたこと。

「どっちも驚いた」 

「まあ、俺の家のことは知ってるの愛子くらいだからな。ちなみに俺は知ってたよ、お前が、春宮神社の跡取り息子ってな」 

「え?」

「世間は狭いってな、春宮ってその辺に転がってる苗字じゃないし、俺らの業界じゃ春宮っていえば春宮神社しかないじゃん。お前は知らないかもしれないけど、教会団体の役員会という名の情報交換会っていうの?そんな集まりに親父と行った時、春宮家に一人息子がいるって聞いたことあったから、お前だろうなってすぐ分かった」

下唇を舌で湿らせると、駿介は言葉を続けた。

「お前が、砂月に対して、過保護な理由もよく分かったよ」

「砂月は、窮屈かもしれないけどな」

「何?俺に言われて自信なくした?」

「元々そんなもん持ってねーよ」

「でも一生懸命じゃん。大切なものは大切だって、ちゃんと主張できるお前が羨ましいよ」

駿介の言葉は、いつもの揶揄いでもなく、嫌味でもなく、素直に発せられたように思えた。

何となく居心地の悪くなった俺は、駿介から目線を逸らした。

「褒めてるんだよ、俺ももっと、必死に取りにいかなきゃいけないのかもな」

砂月のことじゃないよ、と駿介が釘をさした。

明日も俺が生きていて、砂月も生きていて、そんな明日は誰も保証してくれないし、そんな不確かな日々は死ぬまで続いていく。繰り返されていく。

ーーーー俺たちの魂が終わるまで。想いは伝えなきゃ伝わらない。


「なぁ……藤野って、今までも憑かれた人見たことあるのか?」

「何でそう思う?」 

「……あんな怖がって泣くのって、憑かれることを知ってる奴だろ?……俺もさ、正直、毎回ちゃんと祓えて、ちゃんと砂月が戻ってきてくれるのか不安でたまらないからさ」 

「なるほどね。おめでとう、正解」

わざとらしく手を叩くと、駿介が口角を上げる。

「あのな、お前も捻くれてるよな?」

「ありがとう」

「褒めてねぇし」

きゅっと目を細めた俺を見ながら、駿介がクククッと笑った。

「言ったけど、俺と愛子幼なじみでさ、愛子ん()と隣同士なんだ。小さい頃は、よく近所の子達でかくれんぼとかさ、肝試しとかしてたんだよ。その時は、俺も小さかったから、まだ憑くとかもあんまり分かってなくてさ」

駿介が、長い足を組み直した。
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