僕の愛おしき憑かれた彼女
「あ、春宮彰、谷口先輩来たよ」

ジャージに笛を、ぶら下げた愛子が、池の入り口を指差した。

谷口先輩は、鼻息荒くやってくると、大きなリュックサックをドサッと地面に置いた。

「悪い、待たせたな」

「それ、何はいってんすか?」

谷口先輩は、ニヤリも笑うと、俺の背中を目一杯叩いた。

「痛ってー!!」

「彰、焦りは禁物だ、これはあとで見せてやるからな、ガハハハッ」

俺は唾を腕で拭きながら、顔を顰めた。

谷口先輩は、腰に手を当てると、肝試し兼筋力トレーニングの説明をしていく。

「まず、たぬき池は外周で約2.5キロだ。お前らは、それぞれ、愛子君と砂月君を、抱えてもらう。途中きつかったら、歩いてもいいし、止まってもいいが、おぶるのをやめてはいけない。時間制限なしだ」

「わかりましたっ」

「了解ですっ」

俺と駿介は、谷口先輩が足先で、地面に引いた線の上に並ぶ。

「砂月、はい」

俺が屈むと、砂月の華奢な身体が、俺の背中にふわりと、預けられる。

立ち上がると同時に、鼻を掠める、甘い髪の匂いに、心臓が跳ねた。

「彰?重くない?」

「大丈夫……だけど」

「だけど?」

不安そうな砂月の声が、耳元にかかって、顔が熱い。 

「落っこちんなよ、そんだけっ」

(甘い髪の匂いと、背中にあたる砂月の胸のことなんか言えるかよっ)

隣を見れば、同じく顔を真っ赤にした愛子が、駿介におんぶされている。

女慣れしてんのか、駿介は、涼しい顔をしながら、目の前を真っ直ぐに見つめている。

(今日は、駿介のヤツ、やけに口数少ないな)

「じゃあ、お前ら準備いいな?」

谷口先輩が、いつの間にかメガホン取り出して、口元に当てている。

「いちについて……ようい、ドンッ!」

俺は、邪念を掻き消すように、走り始めた。

駿介は、スタートダッシュが早い。すでに俺よりも3メートルほど先を走っている。 

「彰?マラソン得意だっけ?」

「いや、短距離のが、断然、得意」

走っているから、言葉は途切れ途切れになる。

「それよりさ、暗いけど、砂月大丈夫か?」

砂月には、事前にラインで、たぬき池は、父さんが、社を建てて、祓い終わっていることを伝えてある。

「全然大丈夫だよ、彰にくっついてるから」

多分、砂月は何気なく、憑かれないことを俺に伝えたいだけなんだと思う。

それでも、砂月と、背中越しに密着してる俺は、もはやトレーニングどころじゃなくなりそうだ。

「……小さい頃、彰によくおんぶしてもらったよね」

10分ほど走っただろうか、少しだけ緩い坂道になる。俺は走るのをやめて、歩き始めた。

「そういや、そうだな。小さい頃は、憑かれて祓ってやった後、こわいって砂月があんまり泣くもんだからさ、よくおんぶして家まで帰ったな」

「うん、彰の背中ってね、お日様みたいな、いい匂いがするんだよ」

「へぇ……」
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