虜にさせてみて?
11月。凍てつく風が痛ささえ感じる季節。

「……っだぁ、寒いーっ! 寒い、寒い、寒いっ!こ、この会社、頭、おかしいんじゃないの? 何で雪がちらついてるのに引っ越しって。ねぇ、馬鹿、馬鹿だよ、絶対に!」

新しい寮が完成して、実際に引っ越し出来たのは、11月の終わりだった。

古い寮から荷物を移動している最中、南関東生まれで冬が大の苦手な、さっちゃんが大騒ぎ。

「オフシーズンに合わせたんじゃないの?」

隣でシレッと言う美奈。

美奈の地元は雪が沢山降る地域だから、寒さには慣れているらしい。

ここら辺のホテルの多くは、山の麓付近に有るために冬は雪が多く、お客様は半減する。

「……っるさいね、美奈は散々大騒ぎして、今はラブラブなクセにーっ!美奈と湊の馬鹿野郎っ!」

いつも冷静なさっちゃんが取り乱していて、美奈に当たりまくり。

本当に寒いのが苦手らしく、イライラしっぱなし。

――美奈と湊クンは、パスタ屋さんの一件以来、再び話合ったらしい。

その後、美奈と湊君の関係性は修復されたと聞いて私は肩の荷を下ろした。

お互いに出すに出せなかった本音を出して、話し合った結果、分かりあえたみたい。

春からは遠距離恋愛に落ち着いた。

大好きな二人だから、きちんと向き合って解決して欲しかった。

余計なお節介だったけれど、あの日の電話は最後の賭け。

私から、美奈へのせめてもの償い。

ラウンジで話してくれた湊君は、一件、冷静に見えたが、本当は未練が残ってたような、そんな気がしたから。

神様は試練を与えたけれど、二人は乗り越えられたし、もう大丈夫だよね?

「何よっ、さっちゃんなんて、夏休みにバイトに来た大学生とラブラブなくせにっ」

「はぁ~っ? どこからそんな情報を?」

「企業秘密だもんっ」

美奈も売り言葉に買い言葉のように返す。

さっちゃんは何も言わないから分からなかったけれど、そんな事態が起きていたとは。

レストランとラウンジは目と鼻の先なのに、私は全然、気付く事も出来ずバイトクンの顔すらよく知らなかった。

「わ、私は知らなかった。さっちゃん、そうだったの?私には言ってくれないなんて寂しいよ」

「ち、違う、違うっ!」

さっちゃんはとりあえず、全否定する。

「ひより、さっちゃんの彼氏ね、まだ19歳なんだよ。さっちゃんより、年下~っ」
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