虜にさせてみて?
「よく我慢出来るね」

「うん、そーですねぇ……。けど、古すぎるから新築してるんです、ほら、あそこにさ?」

寮を出て、少し離れた場所に建築作業中の建物がある。

「今度は各部屋に玄関もあって、アパートっぽいみたいですよ。早く住みたいですよね?」

「共同とさよなら出来るなら、仕事してやるか」

ボソッと響君が言った事が聞こえた私は、
「やる気なさすぎ。紹介のくせに……」とボソッと返した。

確かに寮は年期も入っているし、共同だし、気持ちも分かるけれど、皆だって我慢して、一生懸命に働いているんだよ? そう思うと、イラッとした。

「東京から来たんですよね?以前は何をしてたんですか?」

ついつい出してしまった私の言葉も聞こえたと思い、気まずい雰囲気になるのも嫌なので、すかさず質問してみた。

「バーテン……」

「へぇー、バーテンかぁ。お似合いですね」

響君は容姿が良いから、お客で来た女の子のファンが付きそう。

(下手に近づくと、冷たくされそうだけれど、実際はどうなんだろう?)

「私、昼間はね、ラウンジに居るんですよ。夜は忙しいとこを手伝います」

「拘束時間長そう……」

「あの……さっきから気になってたんですが、ボソッとしゃべるのは止めめてもらえます? ちゃんと会話して下さいよ?」

「俺は部屋に帰る……!」

「何ですか、それ? せっかく、車で連れ出してあげようとしたのに? 買いたい物もあるでしょう?それに、今日、買い出しに行かないと、歩きかバスで行くようになりますよ!」

きちんと会話をしない響君に対して、我慢の限界が来た。

ここで働く事が嫌でふて腐れてるのか、知らないけれど人が下手に出て親切にしてあげてるのに。

「分かったよ」

都会から来て、車が無い響君は私に連れて行ってもらわないと、しばらく買い出しにも行けない事を悟ったみたいで、大人しく着いて来た。

観光地だし、田舎だしで、街までバスで降りるのは、片道900円と割高。

往復すると、相当な金額になる。

コンビニまでもが遠く、周りにはお土産屋さんや旅館ばかりなので、車がないと本当に不便な場所。

とりあえずは買い置き出来る食料品を買いに行く事になった。

仕事の日は社員食堂で食べられるけ休みの日は自炊なので……。

狸が道路に飛び出して来たハプニングも有りつつ、時に会話はなく、響君は外の景色を眺めながら、助手席に乗っていた。

大型のスーパーに着いても無言のまま降りた。

「名前、何だっけ?確か……」

「忘れたんですか? さっきの事なのに!」

降りたら突然、名前を聞かれた。

「ひよ……? あっ! ”ひよこ”だろ?」

――が、”ひよこ”って何?

ふざけてるのか、天然なのか……。
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