君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「それは泰世さんが病に伏せる少し前だろう。出先で気分が悪くなった彼女を支えて医師を呼んだことがあった」

俺は息を呑んだ。

まさかそんな事情があったとは。

「では、本当に父さんは……」

「今後、誰かと再婚する気もない。生涯、絢子だけを愛し抜く」

最初から父に想い人などいなかったのだ。どれだけ母が調べてもなにも見つからなかったのは当たり前のことだった。

父と母は愛し合っていたのに、失ってから気づくなんてやりきれなかった。

「郁人とみちるちゃんを結婚させたのも、絢子の願いでね。いや、そう言うと語弊があると絢子に怒られそうだが」

父は悪戯っぽく微笑んだ。

「どういうことですか?」

「生前、絢子は泰世さんと『郁人とみちるちゃんが将来結婚することになればうれしいね』とよく盛り上がっていたそうだ。しかしそれは親の勝手な希望で、ふたりに押しつけるつもりはなかった。どこかで運命的な出会いをして、自然な流れで結婚してくれればいいと願っていたようだ」

父は続ける。

「だが、どこかで運命的に出会うなどありえないだろう? 私はどうしても絢子の想いを叶えてやりたくなって、強引な手法を取ったというわけだ。郁人とみちるちゃんには申し訳なかった。私の独りよがりだった」

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