まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「ふたりの関係をすぐに知った私は見て見ぬふりをした。好きでもない男だったしこれで破談になってうちへ帰れれば御の字くらいに思っていたの」

 女将は私の背中に手を添えて体を起こすのに手を貸してくれた。近くに置いていた水の入ったコップを差し出すと、正座していた足を少し横に崩した。

「でも彼女の妊娠が発覚して月島の両親にバレて、私たちはすぐに結婚させられた。家柄を重んじる人たちには許してもらえず一華は選択を迫られた。子供をおろすか、生まれてくる子供を引き渡すか」

「そんな」

「悩んだ挙句、彼女はひとりで育てる道を選んだ。私たちもその気持ちを尊重して送り出したけど、すぐに金銭的にも精神的にも苦しくなって。……旅館の前にまだ赤ん坊だった小さなあの子を置き去りにして消息不明になった」

 一哉さんが語った話とはまるで違っていてコップを掴む手にギュッと力が入る。

「その話、一哉さんは」

 そう問いかけた私の顔を見て女将は首を横に振った。

「何も知らない女中たちの間で噂にだんだんと尾鰭がついて、当てつけに関係を持っただなんだって言われ始めたのよね」

 しばらく遠い記憶に浸った女将は、急にスイッチが切れ変わったように座り直し表情を変えた。

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