まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 地味だの暗いだの言われたことはあったけれど〝綺麗な顔〟なんて言われたのは生まれて初めてだ。

 私は慌ててピンで止められていた前髪を下ろそうと手をかける。しかし彼に手を掴まれてしまい、余計に顔が熱っていくのが分かった。

 小さい頃から恥ずかしがり屋で自分に自信がなく、陰口が聞こえるたびに厚い前髪に表情を隠して人の視線を避けてきた。でも今は顔ごと全てを覆ってしまいたい気分だ。

 先ほどの女性が現れ、私は渋々前髪を切ることを承諾した。正直どう完成するかも分からず、人生で初めて〝お任せ〟というスタイルをとった。

「さすが一流のスタイリスト」
「元がいいんですもの。彼女なら誰がやっても綺麗になりましたよ」

 自分でも驚いていた。

「私じゃないみたい」

 厚かった前髪は眉毛の上で切り揃えられ世界が急に明るくなった。右を向いたり左を向いたり髪を少しだけ触ってみたり、鏡に映る私は全く同じ動きをしているのに、それが自分だとはまるで信じられなかった。

 髪がセットされたかと思うと用意されていた扇柄の着物を着付けられ、私は魔法をかけられたかのように別人に仕上げられた。

「じゃあ行こうか」

 一哉さんはスッと手を差し出してくる。私はまだ夢見心地のままでなぜか素直に手を添えていた。


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