まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「結婚契約書って……私に会社の身代わりになって結婚しろと言うんですか」

 以前『俺の妻にならないか』と言われた言葉を思い出す。この契約書を見て、初めてあの発言が本気だったのだと悟った。

「あの男との結婚も同じようなものだっただろう」

 ズキッと心に突き刺さる。ここで巧さんの話を出してくるなんて正直今は一番堪えた。

「どうして私なんですか」

 どこへ向かっているのかも分からない車の中から外を眺め、大きなため息が出た。頭を抱えもう訳がわからずに涙が出そうになった。

「月島リゾートの社長ならいくらだって良い縁談があるでしょう? それなのに」

「たしかに俺には婚約者がいる。でも俺は結婚するつもりもなければ子供を作る気もない」

 隣を見れば平然と話す彼がタブレットを置いてまっすぐ私を見ていた。でも彼が言っている意味が分からずに紙を持つ手に力がこもる。

「それって。だってこれは」

 渡されたこの契約書はまさしく結婚するためのものなのに、条件を提示してきた本人がその意思がないなんてますます謎が深まった。

「来年、月島旅館が創立一〇〇周年を迎える。それまでに社長として結婚しろとのお達しなんだが俺は結婚なんて御免でね。婚約者の父親は月島リゾートの大株主で、もし彼女と結婚してしまえば簡単に離婚なんてさせちゃくれない。確実に式典が終わったら別れられる人物を探していた」

「だからここに一年間って」

 わざわざ契約書に書かれていた期間が最初に見たときからなんとなく引っ掛かって気にはなっていた。今、彼が条件を出してきた理由がやっと腑に落ちた。

 話しているうちに車は私の自宅前で停められた。

 一哉さんが運転手の男性に向かって目で合図したら、示し合わせたように扉のロックが解除され私はいつでも出られる状態になる。


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