まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 私はもはや笑うしかなく、やられたとその言葉に尽きる。このままサインをせずに車を出ても何の支障もない。しかしこちらだけ得をする道を選んだという若干の罪悪感が残り、私はきっと良心が咎めてしまう。人の心の微妙なラインをついてくる。

「たった一年」

 私は目を瞑り、俯いたまま自分に言い聞かせるように囁いた。

「ん?」
「それで十年先の未来まで保証されるなら、あなたの妻でもなんでもなってみせます」

 私は決めた。

 運転席の傍に刺さっているペンを見つけて手を伸ばし、結婚契約書を膝の上に乗せ震える手でサインをした。

「あなたが無条件で助けてくれた分、私もあなたを〝無条件〟で助けてあげます」

 契約書を顔の前に突き付けて私は宣言する。

 正直怖かった。相屋の次期社長である巧さんの妻になるという以上に大きな、世界にも通用する月島リゾート社長の妻というポジション。不安と恐怖しかないけれどもうやるしかないと思った。

「面白い。君ならそう言ってくれると思ったよ」

 契約書がとられ、見えた彼の表情はにやりと微笑んでいる。目が合わせられずにたまらず車を飛び出した私は、家に入ってそのまま急いで二階にある自分の部屋へと逃げ込んだ。

 自分がこんなに大胆な決断ができる人間だったなんて思いもしなかった。

 いつもなら着物を着たままなんてシワができるから絶対にあり得ないのに、今日は何も考えられずにそのままベッドに飛び込んでいた。








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