まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 三十歳という若さで大企業を動かす一哉さんのプロデュース力には驚かされる。破産寸前だったうちの会社の黒い噂もあっという間に払拭され、彼には頭が上がらなかった。

 何もない休日は彩乃さんに勧められた離れの裏手にいるのがお馴染みになっていて、ベンチに座りながら『やり直し』、『もう一度』と毎日のように聞いている女将の声もすべて洗い流してくれるようなそんな景色の中に浸る。

 でも冷たい風が吹き抜け、さすがに二月にもなると体の芯から冷えている気がして、早々に帰ろうと立ち上がった。

「若奥様!」

 その時、血相を変えた彩乃さんがこちらに向かって走ってきた。

「そんなに慌ててどうし」
「一哉様が、一哉様が」

 私の言葉を遮りただ事ではない様子でサーっと血の気が引いていく。

 倒れて病院に運ばれたと連絡が――。

 動転する彼女を落ち着かせやっとの思いで聞いた言葉に、一瞬にして頭が真っ白になった。

「どうした」

 しかし、その足で急いで総合病院の特別室に駆け込んだら、拍子抜けするような彼の元気そうな第一声を聞いて体の力が抜けていった。大きなベッドの背もたれに寄りかかり点滴を受けながら平然とこちらを見ている。

「どうしたじゃないです。倒れたって聞いたから」
「ただの過労だ。これが終わったらすぐに帰る」

 ホッとした。

 腕に繋がれた管をひょいっと持ち上げる彼を見て、私は呆れたようにベッド脇の椅子に腰かける。

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