まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「結さん」

 タクシーが去った途端にびくっと体が跳ねた。何度聞いても鋭く発せられる女将の声は心臓に悪い。

「そんな格好でお客様の前に立つなんて何を考えているんです」
「申し訳ありません」
「もう来なくて結構よ」

 勝手なことをして完全に怒らせてしまった。目も合わせてくれずに背を向けられて突き放される。

 やっと仕事を覚えて楽しくなり始めたところで、鷹宮の着物にも囲まれて幸せを感じていた。でも歓迎されていない嫁の行く末はこんなもので辞めさせるきっかけを探されていた。

「若葉さん、彼女は」

 ずんと落ち込んでいたら一哉さんが痺れを切らして私たちの前に割って入ってくれた。

「寝ていないのでしょう」
「え?」
「今日はお休みなさい」

 しかし女将の口からは思わぬ言葉が飛び出し一哉さんと顔を見合わせた。

「ミスをされては困るだけです」

 そのまま颯爽と館内へ入っていく女将を呆然と見つめながら、ほっとしている自分がいる。来なくていいという冷たい言葉は女将の優しさだった。


「ありがとうございました」

 お風呂に入って部屋へ戻り、座椅子に座ってお茶を飲むオフモードの一哉さんに開口一番そう言った。

「一晩中付き合ってもらって凄く助か――」
「眠い。さすがに俺も休みたい」

 大きな口を開けてあくびをしながら布団が敷かれた寝室になだれ込む。珍しく大の字になってだらける姿を見たらクスッと笑えて、隣に座る私は布団に顔を埋める彼をじっと見つめた。

< 90 / 128 >

この作品をシェア

pagetop