色褪せて、着色して。~悪役令嬢、再生物語~Ⅱ
 馬車乗り場は歩いて5分ほどのところにあるし、こんなに人通りも多いのに、
 太陽様は私の横にぴったりと付いてくる。
「こんなに遅くまで仕事なんて大変ですねえ」
 のんびりとした口調の太陽様に、そうですねえと呟く。
「太陽様こそ、こんな遅くまで大変じゃあないですか?」
「いや、俺は今日。夕方からの勤務なんで。元気いっぱいっすよ」
 ヘラヘラと笑う太陽様を見て「そうですか…」と力なく言う。
「それよりも、先生。手紙は読んで頂けましたか?」
 ビクッと身体が震える。
 やっべえ…と心の中で絶叫するけど顔に出すわけにはいかない。
「ええ。一応…」
「そうっすか。先生もお仕事忙しいとは思いますけど、お時間あるときにでも是非、ご馳走させてください。あ、着きましたね」
 広場のようなところに着いたかと思うと、何台かの馬車が並んでいる。
 タクシーのような仕組みで馬車に乗れるというのはシナモンから聞いていたけど。
 …どういうふうに乗ればいいのかわからない。
「ええと…」
 馬車に乗るまで、太陽様は見届けるに違いない。
 太陽様を見ると、にっこりと笑う。
 なんだ、その爽やかな笑顔は…
「あれ、エアー先生じゃないのお!」
 急に腕をバシッと叩かれ、
 振り返ると、見覚えのある夫人が立っている。
「あれあれ、太陽様もいるでねえのお。どうしたの、2人して」
 少し訛りのある50代夫人を見て、あ、2軒隣に住んでいる侍女の方だと気づいた。
「こんばんは、アンズ夫人。俺は見回り中で、たまたま先生を見つけたんで保護しました」
 保護って何だよ…と思ったが、夫人は「アハハハ」と笑い飛ばした。
「先生、馬車乗るんだら、私と乗らねえ? 方角一緒だからさ、2人で割れば安くなるっしょ」
「いいんですか?」
 一秒でも早く太陽様から離れたいという気持ちが勝つ。
「では、太陽様。ここで失礼します」
「お気をつけて。俺はまだ見回りがあるんで」
 太陽様に別れを告げて、アンズ夫人に付いて行く。
 列に並ぶと、すぐに馬車に乗ることが出来た。
 アンズ夫人が家の方角を言うと、馬車はゆっくりと動き出す。
 対面の形で座ることになって、座るとすぐにアンズ夫人は、
「今日は奥様からお休みをもらって、隣町に住む娘のところに行ったんだわあ。それから、お友達と食事してきて…先生は?」
「あ、私はそこのレストランで演奏の仕事です」
 人通りから離れると辺り一面、暗くなる。
「先生はよおく働くねえ。先生のところのシナモンちゃんも若いのに、よく働くねえ」
「シナモンがアンズ夫人に良くしてもらっていると聞いてます」
 アンズ夫人の存在はシナモンから聞かされていたけど。
 面と向かって話すのは初めてだ。
 何度か道端で会って挨拶はしたことはあるけど…。
 アンズ夫人は何十年もこの町で侍女として働いていて、引っ越してきたばかりのシナモンの面倒をよく見てくれているらしい。
「アンズ夫人、さっき太陽様が言ってたんですけど、この辺治安が悪いというのは本当でしょうか?」
 ここで暮らし始めて治安が悪い噂なんて聞いたこともないし、事件事故が起きたという話を聞いたことがない。太陽様の言葉が初耳だったので、嘘ではないかと思ったからだ。
「うーん、都心ほどではねぇけど。夜は一人で歩かねえほうがいいかもなあ。何年か前に若い女性が通り魔に刺された事件があったわけだし」
「通り魔…」
 この町には無縁だと思っていた犯罪。
 アンズ夫人の言葉に少なからずショックを受ける。
「ハハハ。大丈夫だって。先生は太陽様と知り合いなんだなあ?」
 アンズ夫人は笑ってバシッと私の肩を叩いた。
「あ、はい。太陽様の妹君にピアノを教えていますので」
 アンズ夫人は小柄なのに、叩く力が強くて思わず「痛っ」と小さな声を出してしまう。
「ああ、イチゴ様にピアノを教えているのかあ。凄いね、先生!」
「ハハハハ」
 力なく笑う。
「先生、大丈夫だよ。今は太陽様がいてくれっから。あの人がいる間はこの町の犯罪は0件なんだから」
 ガハハハと笑い飛ばすアンズ夫人に、驚いていたけど。
「あの、アンズ夫人。太陽様は前、自分は国家騎士団だと言っていたんですけど。辞めちゃったんですか?」
「ああ、先生は知らないのか~。太陽様は普段は国家騎士団だけれど、1~2年ほどに一回、長期休暇でこの町に戻ってくるのよ。その時にこの町の騎士団として働いているわけ。幼い頃から神童って言われるほどの剣術の持ち主だからねえ。あの方に敵なしなのよお」
「…そうなんですか」
< 22 / 64 >

この作品をシェア

pagetop