泡沫の恋

その日の夜、私はなかなか寝付けずにいた。

時計の針はもう24時近いというのに全然眠気がやってこない。

暗闇の中ベッドに仰向けになりながらスマホをいじる。

同じ部屋の子達は三花を含めてみんなスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てている。

そのとき、誰かからメッセージが届いた。

【九条:起きてる?】

九条からだ……!

私は慌ててうつぶせになり、スマホをタップした。

【起きてるよ。なんか眠れない】

【九条:俺も】

【みんな寝てる?】

【九条:寝てる 翔太のいびきうるさすぎ】

【山上君らしいね】

山上君がいびきをかいて九条が嫌そうにしているのを想像して思わずクスクスと笑ってしまった。

【明日で修学旅行も終わりかぁ……なんかさびしい】

最終日の明日は全員で函館の赤レンガ倉庫へ行きお土産を買い、函館空港から飛行機に乗り帰路に就く予定になっていた。

ホームシックになっちゃったと言う子もいたけど私は逆だった。

もっと長く北海道に……ううん、もっと長い時間九条と一緒にいたかった。

【九条:すげー早かったよな】

【楽しいことってほんとあっというま】

【九条:だな】

思わず頬が緩む。九条も楽しいって思ってくれてたって考えると同じ気持ちを共有できたみたいで嬉しい。

【そういえばサッカー部って夏の大会でこれから練習忙しくなるの?】

【九条:そうそう。なんで知ってんの?】

【山上君がぼやいてたから】

【九条:平日も土日もほぼ毎日練習】

【そっか。あんまり無理しないでね】

練習が忙しくなると九条は休み時間はほとんど机に伏せて眠ってしまう。

先月もそうだった。2年で唯一のレギュラーだし周りからの期待が大きい分疲れもたまるんだろう。

きっと修学旅行が終わったら私と九条が言葉を交わす時間は少なくなる。

私は九条が好きだけど、九条が私を好きかは分からない。

こうやって連絡をくれるのは嬉しいけど九条が私をどう思っているのか分からないから苦しくなる。

だからといって、「九条は私のこと好き?」って聞けるほど勇気はない。

もし聞いて今の関係が壊れてしまうのが怖い。

九条を好きになってから私の頭の中のほとんどを九条が占めている。

友達でいられなくなったら私はきっとどうかしてしまう。

九条のことを好きになればなるほど臆病になってしまう。

【九条:てか、7月の最後の週末空いてる?】

スマホのカレンダーでスケジュールを確認する。

【空いてるよ】

【九条:二人で花火行かない?】

画面に表示されたポップアップ通知の文字を確認した瞬間、私はベッドからがばっと起き上がった。

「は、花火……!?」

私と九条が?え。ていうか、九条に花火に誘われたの……?

周りの子達を起こさないように両手で口を押えて暗闇の中で体を小刻みに左右に揺らして喜びに悶絶する。

待って待って。何を待たないといけないのか分からないけど、頭に浮かぶのは『待って』という言葉。

【行く!絶対行く!!】

送り終えてからふと冷静になる。

【でも忙しいんじゃないの?】

【九条:その日は休みだから大丈夫】

【無理してない?】

【九条:無理してでも春野に会いたいから】

えっえっえっ、ちょっと待って。深夜だから九条ってば寝ボケてる?

私が欲しい言葉をポンポンくれる九条にたまらない気持ちになる。

【浴衣買う!】

【九条:マジで?楽しみ】

【髪の毛、後ろで結ぶのとアップにするのどっちがいいと思う?】

【九条:アップ】

【だよね!そうする】

好きな人と一緒に花火大会に行くなんて想像しただけでも喜びで胸がいっぱいになる。

しかも、あっちから誘われるなんて……。

私達は夜中までメッセージのやりとりを続けた。

もちろん、翌日は寝不足でヘロヘロだったけど私にとってその疲れすらも幸せだった。
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