泡沫の恋
通じ合う想い

九条賢人side


九条賢人side

駅前は花火大会へ向かう人たちで身動きが取れないほどの混雑ぶりだった。

約束の時間の少し前に着いた俺は春野の姿がないか辺りに視線を走らせる。

テンションの上がった男たちが大声で騒ぎながら俺の横を通り過ぎていったときだった。

「――九条!」

名前を呼ばれてその方向に視線を走らせると、数メートル先に春野の姿があった。

人の波をぬうようにこちらに向かって歩み寄ると春野は「すごい人だね。合流できてよかった……」と安堵の表情を浮かべた。

俺はというと、春野の浴衣姿にすべての思考を奪われていた。

白地に淡い紫色の花柄の浴衣を身にまとっている春野。髪はアップスタイルで浴衣と同色の薄紫の髪飾りをつけている。

メイクも学校にいる時と違う。なんだか春野が別人みたいでドキドキする。

それに一番違うのは……。

「つーか、髪染めた?」

「あ、分かる?実は夏休みだけ親に許可もらって染めちゃった」

「マジか。こっちも似合ってる」

元々色素の薄い茶色い髪色だったけど、ミルクティーベージュに変わっていた。

「てか、私のことより九条浴衣じゃん!?え、めっちゃいい。カッコいいじゃん!!」

春野が目を輝かせて俺を上から下まで舐めるように見つめる。

濃いグレーのストライプ柄のシンプルな浴衣は去年の夏に買ったものだった。

でも、結局一度も袖を通さないままになっていた。

「そこまでジロジロ見られると恥ずかしいんだけど」

「もしかして九条も今日の為に浴衣買ったの??」

「あー、まあそんな感じ」

本当のことは言えなかった。ここで言うような話ではないと思ったから。

言葉を濁したのに春野は気付いていないようだった。

「そうなんだ!なんか嬉しいな。九条もそれだけ楽しみにしててくれたってことでしょ?」

ニコニコ笑顔を浮かべる春野に嘘をついてしまったことで胸がチクリと痛んだ。

「とりあえず、ここすごい人だし移動するか」

「だね!」

関東屈指の規模の花火大会ということもあり、人の波はどこへ行っても引かない。

打ち上げ場所が良く見えるポイントには人がひしめき合っている。まるで満員電車だ。

「春野、平気か?」

「平気!」

これ以上人が増えれば春野を見失ってしまうかもしれない。

俺は春野の手を掴んだ。

「えっ……」

春野が息をのんだのが分かって俺まで緊張してしまう。

「離れないようについてきて」

「分かった!」

俺は春野の手を引き人の少ない場所へと誘導した。

「大丈夫か?」

ようやく立ち止まって話せる場所までやってきて春野の顔を覗き込む。

「平気平気!にしても、想像以上の人だね」

「だな。出店の方でなんか買ってくる?」

「うん!焼きそばとお好み焼きとから揚げと……あとは……」

「よし。食べたい物全部買おう」

「そうしよう!」

嬉しそうに声を弾ませる春野の手を引き、俺は春野のペースに合わせて出店の方へと歩を進めた。
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