泡沫の恋
春野愛依side
春野愛依side
待ち合わせ場所の駅前のオブジェの前は黒山の人だかりができていて身動き一つとれないぐらいだった。
進もうと思えば前から人にぶつかられて、立ち止まると後ろから来た人にグイグイ押される。
いつもならば満員電車のような人の多い場所へは好んで行かない。
でも、今日の私は違う。喜んで大っ嫌いな満員電車に飛び込んで胸を弾ませている。
だって、今日は九条と一緒に花火を見られるんだから。
背伸びして前の人の肩の奥に視線を走らせた私は確信する。私ってたぶん特殊な能力の持ち主なんだって。
こんなに大勢の人がいるのに私はすぐに九条を見つけ出した。
いつもそう。サッカーコートの中にいるときも、廊下で集団でおしゃべりしてるときも、九条の姿をすぐに見つけることができる。
「え。ていうか、浴衣着てる……?」
絶対に私服で来ると思い込んでいたからその意外な服装に心の中でガッツポーズする。
彼氏が出来たら浴衣デートするのが昔からの夢だった。
九条と付き合っているわけじゃないけど、花火大会に浴衣で会うってもうほとんどそれってデートみたいなものだ。
私のことを探しているのか、視線をあたりに走らせている九条。
見つけたからといってこの人の多さでは簡単に九条に辿り着けるわけもない。
ああ、じれったい。あんなにすぐそばにいるのに。それでも一歩一歩近付いて行って私は「―ー九条!」と叫んだ。
ああ、もう好き。ホント大好き。
九条の背中に心の中で呟く。
合流した後、手を握られた私は一瞬何が起こったのか分からないぐらい混乱していた。
この人混みだしはぐれないようにって九条が手を繋いでくれたって分かってる。
九条の手のひらは私の手よりもずっと大きくてゴツゴツしてた。
牧場で触れた時とはまた違う手の感覚に心臓が跳ねる。
繋いでいる間、頭の中にあるのは手汗をかいて気持ち悪いって思われたどうしようってこと。
出店へ向かう途中も、下駄を履いてきた私を気にして何度も振り返って「大丈夫か?」って聞いてくれる優しい九条の気遣いが嬉しすぎてどうかしそうだった。
神社の石段にそろって座ったこと、私は恥ずかしさと緊張と喜びと興奮でおかしなテンションになっていた。
ぐぅってお腹まで鳴らしてしまうし本当にいいところなしだ。
何かをしていないと緊張でどうかしてしまいそうだった私が焼きそばを頬張っていると、九条がお好み焼きのパックを差し出した。
「春野、お好み焼きも食べない?」
そんなにお腹が空いてるように見えたのかな……?
でも、お好み焼きも食べたかったしちょっと嬉しい。
「いいの?じゃあ、半分っこにしよ?私の焼きそばもあげるから」
「そうするか」
違うものを半分こずつ食べるのってなんか好き。三花ともよくやるけど、こういうことって距離のある相手とは絶対にしないこと。
大切な人と、美味しい物を一緒に食べてそれを共有するのが私は好きだ。
だから、九条に半分こを受け入れてもらったことが嬉しくて笑顔になる。
焼きそばとお好み焼きをぺろりと食べた私とは正反対に九条の箸が進まない。
九条は修学旅行で海鮮丼を食べ終わった後にケバブを2つ食べるほど大食いのはずなのに。
どうしたんだろう。具合でも悪い……?それとも部活の疲れが出て元気ない……?
心配になって九条に声をかけようとした瞬間だった。
ドンっという重低音とともに大きな丸い花火が視界に広がった。
その花火を皮切りに様々な花火が打ちあがり目を奪われる。
「……綺麗……」
光のシャワーのような花火に胸がギュッと締め付けられる。
好きな人の隣で花火を見るなんてこれ以上の幸せはないんじゃないかと思う。
この瞬間を九条と共有したい。
「ねぇ、九条……」
綺麗だね、と言おうとして私は隣の九条に顔を向けた。
なぜか九条は私が話しかけるよりも前に私の方を見つめていた。
目が合った瞬間、胸の奥が急激に熱を帯びる。
とっさに声の出なくなった私は息をのむ。
普段はそこまで表情豊かな方じゃないけど、目の前の九条は明らかに緊張していた。
ピリピリとした空気を切り裂くようにドンっと花火が打ちあがり、バチバチという音を立てて散る。
次の花火が打ち上がるまでのほんのわずかな間。
「春野、聞いて」
声は出なかった。たぶん、小さく頷いた気がするけど正直よく覚えていない。
「……春野が好きだ。俺と付き合ってほしい」
九条は淀みない口調で私に想いを告げた。
その瞬間、今までで一番大きな花火が夜空を飾った。
今の花火ってなんか祝砲みたいだって思ったら、急に泣けてきた。
ポロリと一粒の涙が零れ落ちたと思ったら、涙は次々に溢れ出す。
16年間生きてきて嬉しくて泣いたのは今日が初めてだった。
ていうか、九条が私を好きってホントに?嬉しすぎてもう何が何だかわかんない。
これが夢だったらきっと私立ち直れない。
「……春野?」
どうして私が泣いてるのか分からない様子の九条が心配そうに私の顔を覗き込む。
きっと九条は私が泣いている理由を分かっていない。だから、私は涙を拭って必死の思いで喉の奥から言葉を紡いだ。
「私も好き。ていうか、大好き」
今までずっと溜め込んでいた気持ちを伝えると、九条の喉仏が上下した。
わずかな間の後、「マジで?」と九条は半信半疑という感じて尋ねた。
今までそれなりに好きですアピールをしてきたというのに、九条には伝わっていなかったらしい。
九条のそういう鈍感なところも好きだよ。ていうか、好きじゃないところなんてない。
私、九条の全部が好きだ。
「マジだよ。好きじゃなかったら一緒に花火大会なんてこない」
九条と会うために三花に付き合ってもらって浴衣を買って、髪の毛まで染めてできる限りのお洒落をして今日に臨んだ。
全部全部、大好きな九条の為。
九条はホッとしたようにわずかに微笑んだ。
そして、私の目の下の涙をそっと指で拭ってくれた。
九条と両想いとか……まだ信じられない。
私が九条に抱いているこの溢れんばかりの熱くてドロドロのマグマみたいに燃え盛る気持ちを九条も私に抱いてくれているの?
この瞬間をずっと切り取って永遠に保存しておきたいと思った。
それぐらい嬉しくて幸せで、鳥肌が立って震えあがりそうなほどの感動を覚えた。
今私はこの世界中の誰よりも幸せだと胸を張れる。
好きな人ができてその人と両思いになれるのって、こんなにも幸せなことなんだ。
「九条……、私今……すっごい幸せなんだけど」
笑いながら泣く私を切なげな表情で見つめると、九条が私の背中に腕を回した。
ギュッと抱きしめられて、私はポカンッとする。
ちょっと待って。三花だが言ってたじゃん。九条が奥手だって。
男の子に抱きしめられたのは初めてだからどうしたらいいのか分からない。
だけど、考えるよりも早く私は九条の背中に腕を回していた。
好きだからくっついていたい。好きだから抱きしめて欲しい。好きだから……こうしていたい。
九条の胸元に顔を埋めると男物の香水の甘い匂いがしてたまらない気持ちになる。
「え。ちょっと待って。俺もヤバいんだけど」
耳元に感じる熱い吐息と少しかすれた震え声。
「嘘でしょ~!?九条も泣くの?」
「いや、泣いてないから」
顔は見えないけど九条は絶対に泣きそうになってた。
九条も私と同じ気持ちでいてくれているのかな。
私が嬉し涙を流したみたいに九条も同じように幸せを感じてくれているのかな。
「声が泣きそうじゃん!」
私が笑うと九条もつられて笑った。
「春野のこと、絶対大切にするから。俺と付き合ってよかったって思ってもらえるように頑張る」
「私も九条のこと大切にする」
九条が私を抱きしめる腕の力を緩めた。
そして、膝の上に乗せていた私の手をギュッと握って指を絡ませた。
九条が私の唇を見つめた気がした。それが合図かのように私たちの唇が近付いていく。
初めてだった。
目をつぶって九条を受け入れる。
ほんの一瞬だったけど、唇ってこんなに柔らかくてふわふわで温かいんだなって思った。
九条は一度唇を離すと、今度は私の頬に手を添えてもう一度キスをした。
二回目のキスは少しだけ長くて深くて、頭の中がクラクラする様な甘いキスだった。
待ち合わせ場所の駅前のオブジェの前は黒山の人だかりができていて身動き一つとれないぐらいだった。
進もうと思えば前から人にぶつかられて、立ち止まると後ろから来た人にグイグイ押される。
いつもならば満員電車のような人の多い場所へは好んで行かない。
でも、今日の私は違う。喜んで大っ嫌いな満員電車に飛び込んで胸を弾ませている。
だって、今日は九条と一緒に花火を見られるんだから。
背伸びして前の人の肩の奥に視線を走らせた私は確信する。私ってたぶん特殊な能力の持ち主なんだって。
こんなに大勢の人がいるのに私はすぐに九条を見つけ出した。
いつもそう。サッカーコートの中にいるときも、廊下で集団でおしゃべりしてるときも、九条の姿をすぐに見つけることができる。
「え。ていうか、浴衣着てる……?」
絶対に私服で来ると思い込んでいたからその意外な服装に心の中でガッツポーズする。
彼氏が出来たら浴衣デートするのが昔からの夢だった。
九条と付き合っているわけじゃないけど、花火大会に浴衣で会うってもうほとんどそれってデートみたいなものだ。
私のことを探しているのか、視線をあたりに走らせている九条。
見つけたからといってこの人の多さでは簡単に九条に辿り着けるわけもない。
ああ、じれったい。あんなにすぐそばにいるのに。それでも一歩一歩近付いて行って私は「―ー九条!」と叫んだ。
ああ、もう好き。ホント大好き。
九条の背中に心の中で呟く。
合流した後、手を握られた私は一瞬何が起こったのか分からないぐらい混乱していた。
この人混みだしはぐれないようにって九条が手を繋いでくれたって分かってる。
九条の手のひらは私の手よりもずっと大きくてゴツゴツしてた。
牧場で触れた時とはまた違う手の感覚に心臓が跳ねる。
繋いでいる間、頭の中にあるのは手汗をかいて気持ち悪いって思われたどうしようってこと。
出店へ向かう途中も、下駄を履いてきた私を気にして何度も振り返って「大丈夫か?」って聞いてくれる優しい九条の気遣いが嬉しすぎてどうかしそうだった。
神社の石段にそろって座ったこと、私は恥ずかしさと緊張と喜びと興奮でおかしなテンションになっていた。
ぐぅってお腹まで鳴らしてしまうし本当にいいところなしだ。
何かをしていないと緊張でどうかしてしまいそうだった私が焼きそばを頬張っていると、九条がお好み焼きのパックを差し出した。
「春野、お好み焼きも食べない?」
そんなにお腹が空いてるように見えたのかな……?
でも、お好み焼きも食べたかったしちょっと嬉しい。
「いいの?じゃあ、半分っこにしよ?私の焼きそばもあげるから」
「そうするか」
違うものを半分こずつ食べるのってなんか好き。三花ともよくやるけど、こういうことって距離のある相手とは絶対にしないこと。
大切な人と、美味しい物を一緒に食べてそれを共有するのが私は好きだ。
だから、九条に半分こを受け入れてもらったことが嬉しくて笑顔になる。
焼きそばとお好み焼きをぺろりと食べた私とは正反対に九条の箸が進まない。
九条は修学旅行で海鮮丼を食べ終わった後にケバブを2つ食べるほど大食いのはずなのに。
どうしたんだろう。具合でも悪い……?それとも部活の疲れが出て元気ない……?
心配になって九条に声をかけようとした瞬間だった。
ドンっという重低音とともに大きな丸い花火が視界に広がった。
その花火を皮切りに様々な花火が打ちあがり目を奪われる。
「……綺麗……」
光のシャワーのような花火に胸がギュッと締め付けられる。
好きな人の隣で花火を見るなんてこれ以上の幸せはないんじゃないかと思う。
この瞬間を九条と共有したい。
「ねぇ、九条……」
綺麗だね、と言おうとして私は隣の九条に顔を向けた。
なぜか九条は私が話しかけるよりも前に私の方を見つめていた。
目が合った瞬間、胸の奥が急激に熱を帯びる。
とっさに声の出なくなった私は息をのむ。
普段はそこまで表情豊かな方じゃないけど、目の前の九条は明らかに緊張していた。
ピリピリとした空気を切り裂くようにドンっと花火が打ちあがり、バチバチという音を立てて散る。
次の花火が打ち上がるまでのほんのわずかな間。
「春野、聞いて」
声は出なかった。たぶん、小さく頷いた気がするけど正直よく覚えていない。
「……春野が好きだ。俺と付き合ってほしい」
九条は淀みない口調で私に想いを告げた。
その瞬間、今までで一番大きな花火が夜空を飾った。
今の花火ってなんか祝砲みたいだって思ったら、急に泣けてきた。
ポロリと一粒の涙が零れ落ちたと思ったら、涙は次々に溢れ出す。
16年間生きてきて嬉しくて泣いたのは今日が初めてだった。
ていうか、九条が私を好きってホントに?嬉しすぎてもう何が何だかわかんない。
これが夢だったらきっと私立ち直れない。
「……春野?」
どうして私が泣いてるのか分からない様子の九条が心配そうに私の顔を覗き込む。
きっと九条は私が泣いている理由を分かっていない。だから、私は涙を拭って必死の思いで喉の奥から言葉を紡いだ。
「私も好き。ていうか、大好き」
今までずっと溜め込んでいた気持ちを伝えると、九条の喉仏が上下した。
わずかな間の後、「マジで?」と九条は半信半疑という感じて尋ねた。
今までそれなりに好きですアピールをしてきたというのに、九条には伝わっていなかったらしい。
九条のそういう鈍感なところも好きだよ。ていうか、好きじゃないところなんてない。
私、九条の全部が好きだ。
「マジだよ。好きじゃなかったら一緒に花火大会なんてこない」
九条と会うために三花に付き合ってもらって浴衣を買って、髪の毛まで染めてできる限りのお洒落をして今日に臨んだ。
全部全部、大好きな九条の為。
九条はホッとしたようにわずかに微笑んだ。
そして、私の目の下の涙をそっと指で拭ってくれた。
九条と両想いとか……まだ信じられない。
私が九条に抱いているこの溢れんばかりの熱くてドロドロのマグマみたいに燃え盛る気持ちを九条も私に抱いてくれているの?
この瞬間をずっと切り取って永遠に保存しておきたいと思った。
それぐらい嬉しくて幸せで、鳥肌が立って震えあがりそうなほどの感動を覚えた。
今私はこの世界中の誰よりも幸せだと胸を張れる。
好きな人ができてその人と両思いになれるのって、こんなにも幸せなことなんだ。
「九条……、私今……すっごい幸せなんだけど」
笑いながら泣く私を切なげな表情で見つめると、九条が私の背中に腕を回した。
ギュッと抱きしめられて、私はポカンッとする。
ちょっと待って。三花だが言ってたじゃん。九条が奥手だって。
男の子に抱きしめられたのは初めてだからどうしたらいいのか分からない。
だけど、考えるよりも早く私は九条の背中に腕を回していた。
好きだからくっついていたい。好きだから抱きしめて欲しい。好きだから……こうしていたい。
九条の胸元に顔を埋めると男物の香水の甘い匂いがしてたまらない気持ちになる。
「え。ちょっと待って。俺もヤバいんだけど」
耳元に感じる熱い吐息と少しかすれた震え声。
「嘘でしょ~!?九条も泣くの?」
「いや、泣いてないから」
顔は見えないけど九条は絶対に泣きそうになってた。
九条も私と同じ気持ちでいてくれているのかな。
私が嬉し涙を流したみたいに九条も同じように幸せを感じてくれているのかな。
「声が泣きそうじゃん!」
私が笑うと九条もつられて笑った。
「春野のこと、絶対大切にするから。俺と付き合ってよかったって思ってもらえるように頑張る」
「私も九条のこと大切にする」
九条が私を抱きしめる腕の力を緩めた。
そして、膝の上に乗せていた私の手をギュッと握って指を絡ませた。
九条が私の唇を見つめた気がした。それが合図かのように私たちの唇が近付いていく。
初めてだった。
目をつぶって九条を受け入れる。
ほんの一瞬だったけど、唇ってこんなに柔らかくてふわふわで温かいんだなって思った。
九条は一度唇を離すと、今度は私の頬に手を添えてもう一度キスをした。
二回目のキスは少しだけ長くて深くて、頭の中がクラクラする様な甘いキスだった。