泡沫の恋

春野愛依side

春野愛依side

大粒の雨が窓を叩く音で目を覚ました。

そういえば、台風が関東地方に接近しているって昨日ネットニュースで見た。

直撃は免れたみたいだけど、雨は一層激しくなり時折うなったような風の音がする。

寝起きは最悪だった。昨日は色々なことを考えすぎてなかなか寝付けなかったからだ。

鏡に映る顔はひどく疲れているように見えた。

洗面所でいつものように顔を洗って化粧水を塗りたくるとキッチンに立つ母に朝食はいらないと告げて部屋に戻る。

私は昨日の一件をまだ引きずっていた。

いちかちゃんとのことはちゃんと説明してくれたし二人の間にやましいことがあるわけでもないと頭では理解していても心が追いついていかない。

賢人と電話を切った後に【おやすみ】ってメッセージを入れたけど、いつまで経っても既読にならなかった。

もしかしたらあのあとすぐに寝てしまったのかもしれない。

部活で疲れて家に帰ってきたあと、私にいちかちゃんとのことを説明するのはきっとしんどかったに違いない。

【聞きたいことあるんだけど】なんてメッセージ送らなきゃよかったと一晩経って冷静になった私は後悔する。

「そういえばなんで昨日家に帰る前に電話してくれなかったんだろう……」

いつもは部活が終わったあと、賢人の家に着くまでの間に電話をする。

なのにどうして昨日は家に帰ってきてから電話をかけてきたんだろう。

まさかいちかちゃんと一緒にいたなんてことはないよね?

山上君が言ってた。賢人といちかちゃんは中学から付き合ってるって。だとしたら同じ学区内に家があるということ。

部活を終えるまでいちかちゃんが賢人を待ってて一緒に家の近くまで帰ったなんてことはない?

私の不安を切り裂くようにテーブルの上のスマホが鳴りだした。

どうやら電話のようだ。こんな朝早くから誰だろうとスマホを持ち上げると、画面に表示されていた名前は賢人だった。

「もしもし!?どしたの?」

電話に出ると電話越しで賢人がフッと笑った。

『おはよう。なんでそんな焦ってんの?』

「だって、今まで朝電話とかなかったし……。え、ていうか、今日朝練は?」

『さっきグループチャットに連絡来て、台風が来てるから今日は朝練も放課後練も中止だってさ』

「そうなんだ。え、で、なんで電話?」

ただそれを伝える為に朝から電話をかけてきたのかと首を傾げる。

『たまには一緒に登校しない?』

「え!」

『やだ?』

「やじゃない!一緒に学校行く!!」

食い気味に答えると賢人が笑う。

『愛依が暇なら放課後も一緒に帰ろう。久しぶりにデートしようか』

「デート!いいね!!」

突然のデートのお誘いにテンションが上がり、声が弾む。

『台風だからやれることは限られると思うけど。あとで決めよう』

「うんうんうんうん」

『何回頷いてんだよ。じゃあ、これから家出て愛依んちまで迎えに行くよ』

「あ……でも、うちまで来たら賢人遠回りだって。それに、この雨だしびしょびしょになっちゃうって。中間地点のどっかで待ち合わせしようよ」

『こういうときじゃないとなかなか一緒にいる時間取れないから。だめ?』

「……ダメじゃない」

むしろそんなの大歓迎だよ。

『じゃあ、近くなったらまた連絡するから』

「うん。準備して待ってるね」

電話を切ると、さっきまでのどんよりと重たい気持ちはどこかへ飛んで行ってしまった。

賢人とデートだ……!

テーブルの上にメイクボックスを乗せて鏡を覗き込む。

雨風をしのげる様にウォータープルーフコスメで完全防水メイクをして、髪の毛はうねっても大丈夫なように一つに束ねよう。

前髪だけは崩れないようにしっかりと固めておく必要がある。

ウキウキして鼻歌をうたいながら頬に化粧下地を塗っていく。

全ての用意が終わると、ぐぅぅとお腹が鳴った。

バッグを掴むと私は階段を降りていく。

「私やっぱり朝ご飯食べるから!」

「なによ。さっきいらないって言ったのに」

「へへへへへ」

「デレデレした顔して。気持ち悪いわね」

母にドン引きされたって何の問題もない。

バターとイチゴジャムをたっぷり塗ったトーストを食べ終え、時計の針を確認する。

そろそろかな。ドキドキしながら待っていると、スマホが鳴った。

【賢人:着いた】

「いってきまーす!!」

メッセージを確認すると私は弾かれたように玄関に向かって駆け出した。
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