泡沫の恋
あの日以来、隣の席の九条と言葉を交わすことが多くなった。

どっちからともなく声をかけあって他愛もない会話に花を咲かせる。

「なあ春野、見て。これうちの猫」

休み時間、スマホを差し出された私は画面をのぞき込む。

ディスプレイには茶色と白の大きな猫がお腹を出してひっくり返っていた。

「え、可愛い!九条も猫飼ってるんだ?」

「も、ってことは春野も?」

「そうそう。去年、保護猫ちゃんをうちで迎え入れることにしたの」

私の言葉に九条が驚いたように目を見開いた。

「マジ?うちも妹がどうしても欲しいって言って去年から飼い始めたんだ。しかも、保護猫」

「え!まさかとは思うけど『猫びより』っていう里親会だったりする……?」

「そこ!!」

「嘘!信じられない!!こんな偶然ある?」

二人で目を見合わせて私達はケラケラと笑う。

なんだか奇跡みたい。九条との共通点があることが嬉しくてたまらない。

「なあ、春野のうちの猫も見せてよ」

「いいよ!うちは白と黒の猫なの。これこれ」

「お、可愛い。うちのより少し小さいな」

私のスマホを覗き込もうと体を近付けてくる九条。

あと数センチ動けば互いの肩が触れ合ってしまいそうな距離感に私の心臓の音は大きくなる。

「てかさ――」

九条が何かを言いかけたタイミングで教室内にチャイム音が鳴り響いた。

「――え?ごめん、もう一回いい?」

聞き返すと、九条は腰を上げて私の耳元にそっと唇を寄せて囁いた。

「春野の連絡先知りたい」

チャイムが鳴り終えたタイミングで九条が自分の席に腰を下ろす。

ふわりと鼻に届いたやわらかくて甘い匂いにドキリとする。

「いい?」

ほんの少し首を傾げて尋ねる九条。

声を出さずに頷くと、九条が「よっしゃ」と嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

九条の反応に甘酸っぱい感情が込み上げてくる。

高校に入るまで誰かに告白されたことも両思いになったこともないけど、なんとなく感じる。

私が九条に抱いている感情をもしかしたら九条も私に抱いてくれてるのかなって。

多分、クラスの中で九条と一番仲がいいのもおしゃべりするのも私だ。

隣の席っていうのものあるけど、九条との距離は私が一番近いはず。

授業中も九条のことを考えるたびに、顔がだらしなく緩んでしまった。
< 4 / 63 >

この作品をシェア

pagetop