泡沫の恋
7月。高2の一大イベントの修学旅行が来週に迫っていた。
そのせいかクラスの空気もどこか浮ついている。
お昼を食堂で済ませて教室に戻ると、私は机の中から取り出した修学旅行のしおりをまじまじと見つめた。
同じクラスの美術部の子が表紙のデザインを担当してくれたしおりの端っこには私の好きな漫画の推しキャラが描かれている。
修学旅行が終わった後も、このしおりは永久保存版になることが決定した。
「来週、楽しみすぎる~!」
私の前の席に座った三花が弾んだ声を上げる。
修学旅行の行き先は北海道だ。
北海道は梅雨がないから、例年行事の少ない6月後半から7月前半に行くことが多い。
部屋割りや自由行動の班決めはすでに決まっている。
移動に使うバスと電車の席、それから部屋も行動班も三花と全部一緒だ。
中学の時は誰と同じ班になるかで揉めたり嫌な空気になったこともあったけど、今回はすんなり決まった。
ページをめくるたびに、自然と表情がほころぶ。
「愛依!この修学旅行は九条とさらに関係を深めるまたとないチャンスだよ!」
「ちょっ、三花ってば。声が大きいよ!」
三花の口を塞いで周りに視線を走らせるけど、誰も私たちの会話を聞いている人はいなかったようでホッと胸を撫で下ろす。
九条とは行動班が一緒になった。
私と三花、それに九条と山上君の四人班。
一緒に組まないかと提案してきたのは九条で、私は天まで舞い上がってしまいそうなほど嬉しかった。
「これを機にもっと九条と仲良くなりたい気持ちはあるんだけど……」
「だけど?」
三花が首を傾げる。
「恋も大事。だけど、せっかくの修学旅行だし美味しい物食べたり楽しい思い出たくさんつくりたい!!」
「分かる!男だけがすべてじゃない!」
「そう。女友達はもっと大事!」
私と三花は肩を寄せ合ってスマホで北海道の名産や観光スポットを検索して見せあう。
SNSの有名インフルエンサーがアップしている画像を見ては心を弾ませる。
行きたい場所も買いたい物も食べたい物もありすぎて困るぐらいだ。
「札幌の時計台は有名だし行ってみたいよね。それと、味噌ラーメンと海鮮丼は外せない」
私の言葉に三花が盛大に相槌を打つ。
「それは間違いないね!あたし、カニも食べたいけど高いかな?」
「絶対高い。そういえば、お小遣いっていくらまでだっけ?」
そんな話をしていると、隣の席に九条が座り「なんの話してんの?」と声をかけてきた。
突然のことに固まるあたしに変わって三花が答えた。
「来週、どこ行こうかって話を愛依としてたの。だけど、班行動だし九条達の意見も聞くべきだね。どっか行きたいとこある?」
「時計台は有名だし行ってみたい気もする。あと美味いもん食いたい」
「例えば?」
「味噌ラーメンと海鮮丼」
九条の言葉に、私と三花は互いに目を見合わせてブッと吹き出した。
「え、俺なんか変なこと言った?」
怪訝そうに私と三花を交互に見つめる九条の顔がおかしくて思わず笑みが漏れる。
「違う違う!さっき愛依も同じこと言ってたからつい。アンタ達似てるわ~」
ケラケラと笑う三花に九条は「笑いすぎだから」と言いながらもなんだか少し嬉しそう。
私はそんな九条の横顔を見て幸せな気持ちになる。
「そういえば翔太が牧場で牛の乳しぼり体験をしたいって言ってたけど」
「え!?乳しぼり?」
明るいお調子者で掴みどころのない山上君なら言いだしそうなこと。
「え~、やだ!!あたし牛乳飲めないもん。もっと映えるとこいこうよ~」
嫌そうに顔をしかめる三花に苦笑いを浮かべて、九条が私に視線を向ける。
「春野はやだ?」
「私はいやじゃないよ。乳しぼりってしたことないし、なんかおもしろそう」
前にテレビで牧場の乳しぼり体験の特集を見てちょっと興味があった。
私は昔から好奇心旺盛で何事も1度は経験してみたいというタイプだった。
「えぇ!?愛依までそんなことを……!」
「三対一、多数決でやるに決まりだな」
「えぇ……修学旅行で牛の乳しぼんのぉ~?」
「そういうこと」
九条がニッと笑うと、三花ががっくりと肩を落とす。
楽しい修学旅行になりそう。
私は二人のやりとりを見つめながらクスクスと笑った。