泡沫の恋
春野愛依side
春野愛依side
台風が過ぎ去った翌日は雲一つない晴天だった。
昼休み、屋上で半分しか食べられなかったお弁当の蓋をパタンっと閉じたタイミングで「昨日なんかあったの?」とまだもごもごとご飯を頬張っている三花が尋ねた。
「昨日、賢人の家行ってエッチした」
「ブッ!!」
ご飯粒を勢いよく吐き出して慌てる三花にそっとポケットティッシュを差し出すと、三花は遠慮なく引っ張り出して口元を拭った。
「そういうことは前置きしてからにしてよ。ビックリすんじゃん」
「うん」
「で、なんで幸せの絶頂にいるはずなのにそんな暗い顔してんの?もしかしてうまくいかなかった?それとも、九条と相性最悪だったとか?」
私は首を横に振る。
私は特に何かをしたわけじゃないけど、うまくいったと思うし相性だって悪くなかったと思う。
賢人に抱きしめられて幸せ過ぎて嬉し涙だって出たし、賢人が初めてでよかったって心の底から思った。
「じゃあなに?」
「終わってから賢人と元カノのこと考えたら苦しくなっちゃってさ」
「九条の元カノ?え、誰?」
「1組のいちかちゃん」
「……あぁ、あの目の大きくて可愛い子か。え、あの子って九条と付き合ってたの?」
ここ最近の話を三花に洗いざらい話すと、三花は「なにあの女!超ムカつく!!元カノの分際でしゃしゃってくるとか、まじないわ!」と私が思っていることを代弁するかのように憤ってくれた。
でもそれ以上に三花は私を心配してくれてなだめるように背中を摩ってくれた。
「そっか。辛かったね。あたしもそういう経験あるよ。ちなみに今の彼氏はあたしが初めてなんだって」
「そうなんだ」
「最初はあたしが初めてじゃないって知ってショック受けてたけど、こっちからしたら過去は変えられないんだしどうしようもないじゃん?それに、今好きで付き合ってるのはアンタだけだよって話したら納得してくれたみたい」
確かに今さら過去は変えられないし、そんなことをグチグチ言われたら賢人もきっと嫌になると思う。
だから、昨日は我慢した。
本当は色々聞きたくて仕方がなかった。いちかちゃんとしたの?それとも他の女の子ともした?
私は何人目?私としてて他の子のこと頭に浮かばなかった?比べたりしなかった?
自転車で送ってもらってるとき、賢人の背中にくっついているといちかちゃんが浮かんできた。
こうやって賢人の大きな背中にくっついていちかちゃんも幸せを感じていたんだろうか。
いちかちゃんと二人乗りしたことあるの?って聞いたけど、風が私の声をかき消してくれた。
聞き返されたけど言わなかった。自分自身がどんどん重たい女になってるって自覚があったから。
「ヤバいの、私メンヘラ化しそうなんだけど」
「ハァ?なんでよ。愛依ってそういうタイプじゃないじゃん」
「自分でも自分が最近よくわかんないの。恋って難しいよ。付き合う前は付き合うことがゴールだと思ってたけど、全然ゴールなんかじゃなかった」
賢人に告白されて舞い上がってこの世の誰よりも幸せになれたはずだったのに、今の私は不安で満たされている。
こんな私が賢人の彼女でいいのかなってどんどん自分に自信がなくなっていく。
「みんなそんなもんだよ。愛依だけじゃない」
「それだけじゃないの。昨日賢人のスマホに女の子からメッセージが来てたの知って、賢人がいないときに勝手にスマホ見ようとしちゃった」
「それは絶対ダメ!てか、彼氏のスマホみたとこでいいことなんてひとつもないよ?見たら地獄行き」
「うん。だから結局、見なかったけど……。もし次同じことがあったら自分を止められなくなりそうで怖くて……」
「そのメッセージって本当に女だったの?見間違いとかそういうんじゃなくて?」
「見間違いじゃないよ。絶対女の子だった」
画面には確かに【亜子】と表示されていた。
私が制服に着替えている間に、背中を向けた賢人が誰かにコソコソとメッセージを送っていたのを私は知っている。
きっと相手はその子だ。うちに送って行ってもらった後、自室のカーテンを開けると誰かと電話をしている賢人の姿が見えた。
なぜか相手は【亜子】のような気がした。
大きく手を振られたのに私は賢人を無視してカーテンを閉めた。
それは賢人に対する無言の抗議だった。
「私どんどん嫌な女になってる気がする」
言いようもない不安が全身に込み上げて目頭が熱くなり私はグッと唇を噛みしめる。
私は三花のことを親友だと思ってる。その親友に醜態をさらしたくはなかった。
ほんのわずかなプライドが零れそうになる涙を必死にせき止めていた。
「……賢人に直接聞くべきだよね?」
昨日一晩考えて導き出した答えを口に出すと、三花が同意した。
「その方がいいと思う。九条って遊び人ってタイプじゃないし。それに、前に言ってなかった?妹がいるって」
「あ……そういえば」
三花の言葉がストンっと胸の中に落ちる。そういえば、言ってた。
賢人には猫を欲しがったという妹がいるけど、名前までは知らなかった。
「あとでちゃんと話し合いなよ?」
「そうだね。うん、そうする!」
自分の単純さに呆れたけど心の中がフワリと軽くなった気がした。
台風が過ぎ去った翌日は雲一つない晴天だった。
昼休み、屋上で半分しか食べられなかったお弁当の蓋をパタンっと閉じたタイミングで「昨日なんかあったの?」とまだもごもごとご飯を頬張っている三花が尋ねた。
「昨日、賢人の家行ってエッチした」
「ブッ!!」
ご飯粒を勢いよく吐き出して慌てる三花にそっとポケットティッシュを差し出すと、三花は遠慮なく引っ張り出して口元を拭った。
「そういうことは前置きしてからにしてよ。ビックリすんじゃん」
「うん」
「で、なんで幸せの絶頂にいるはずなのにそんな暗い顔してんの?もしかしてうまくいかなかった?それとも、九条と相性最悪だったとか?」
私は首を横に振る。
私は特に何かをしたわけじゃないけど、うまくいったと思うし相性だって悪くなかったと思う。
賢人に抱きしめられて幸せ過ぎて嬉し涙だって出たし、賢人が初めてでよかったって心の底から思った。
「じゃあなに?」
「終わってから賢人と元カノのこと考えたら苦しくなっちゃってさ」
「九条の元カノ?え、誰?」
「1組のいちかちゃん」
「……あぁ、あの目の大きくて可愛い子か。え、あの子って九条と付き合ってたの?」
ここ最近の話を三花に洗いざらい話すと、三花は「なにあの女!超ムカつく!!元カノの分際でしゃしゃってくるとか、まじないわ!」と私が思っていることを代弁するかのように憤ってくれた。
でもそれ以上に三花は私を心配してくれてなだめるように背中を摩ってくれた。
「そっか。辛かったね。あたしもそういう経験あるよ。ちなみに今の彼氏はあたしが初めてなんだって」
「そうなんだ」
「最初はあたしが初めてじゃないって知ってショック受けてたけど、こっちからしたら過去は変えられないんだしどうしようもないじゃん?それに、今好きで付き合ってるのはアンタだけだよって話したら納得してくれたみたい」
確かに今さら過去は変えられないし、そんなことをグチグチ言われたら賢人もきっと嫌になると思う。
だから、昨日は我慢した。
本当は色々聞きたくて仕方がなかった。いちかちゃんとしたの?それとも他の女の子ともした?
私は何人目?私としてて他の子のこと頭に浮かばなかった?比べたりしなかった?
自転車で送ってもらってるとき、賢人の背中にくっついているといちかちゃんが浮かんできた。
こうやって賢人の大きな背中にくっついていちかちゃんも幸せを感じていたんだろうか。
いちかちゃんと二人乗りしたことあるの?って聞いたけど、風が私の声をかき消してくれた。
聞き返されたけど言わなかった。自分自身がどんどん重たい女になってるって自覚があったから。
「ヤバいの、私メンヘラ化しそうなんだけど」
「ハァ?なんでよ。愛依ってそういうタイプじゃないじゃん」
「自分でも自分が最近よくわかんないの。恋って難しいよ。付き合う前は付き合うことがゴールだと思ってたけど、全然ゴールなんかじゃなかった」
賢人に告白されて舞い上がってこの世の誰よりも幸せになれたはずだったのに、今の私は不安で満たされている。
こんな私が賢人の彼女でいいのかなってどんどん自分に自信がなくなっていく。
「みんなそんなもんだよ。愛依だけじゃない」
「それだけじゃないの。昨日賢人のスマホに女の子からメッセージが来てたの知って、賢人がいないときに勝手にスマホ見ようとしちゃった」
「それは絶対ダメ!てか、彼氏のスマホみたとこでいいことなんてひとつもないよ?見たら地獄行き」
「うん。だから結局、見なかったけど……。もし次同じことがあったら自分を止められなくなりそうで怖くて……」
「そのメッセージって本当に女だったの?見間違いとかそういうんじゃなくて?」
「見間違いじゃないよ。絶対女の子だった」
画面には確かに【亜子】と表示されていた。
私が制服に着替えている間に、背中を向けた賢人が誰かにコソコソとメッセージを送っていたのを私は知っている。
きっと相手はその子だ。うちに送って行ってもらった後、自室のカーテンを開けると誰かと電話をしている賢人の姿が見えた。
なぜか相手は【亜子】のような気がした。
大きく手を振られたのに私は賢人を無視してカーテンを閉めた。
それは賢人に対する無言の抗議だった。
「私どんどん嫌な女になってる気がする」
言いようもない不安が全身に込み上げて目頭が熱くなり私はグッと唇を噛みしめる。
私は三花のことを親友だと思ってる。その親友に醜態をさらしたくはなかった。
ほんのわずかなプライドが零れそうになる涙を必死にせき止めていた。
「……賢人に直接聞くべきだよね?」
昨日一晩考えて導き出した答えを口に出すと、三花が同意した。
「その方がいいと思う。九条って遊び人ってタイプじゃないし。それに、前に言ってなかった?妹がいるって」
「あ……そういえば」
三花の言葉がストンっと胸の中に落ちる。そういえば、言ってた。
賢人には猫を欲しがったという妹がいるけど、名前までは知らなかった。
「あとでちゃんと話し合いなよ?」
「そうだね。うん、そうする!」
自分の単純さに呆れたけど心の中がフワリと軽くなった気がした。