泡沫の恋

九条賢人

九条賢人side

テレビの中の男女が愛の言葉を囁きながら抱き合うのを俺はぼんやりと眺めていた。

ベッドを背もたれにして床に座りながら、左側にいる愛依は俺の腕に自分の腕を絡ませて鼻をすすっている。

合流してファミレスで昼食をとった後、イルミネーションまでの時間を潰すために愛依をうちに誘った。

サブスクの恋愛映画が観たいという愛依の希望で観始めた映画の内容が一切頭に入ってこない。

十月の選手権大会の後、三年が引退してから俺達二年部員の士気は一気に上がった。

特にレギュラーになれた人間はこれまで以上に練習量を増やして努力を重ねている。

俺と同じく家庭の事情で大学のスポーツ推薦を狙っている奴もいるらしい。

部活が休みになった今日も、翔太たちはグラウンドで自主練習をしているに違いない。

一日ぐらい休息日を取った方が良いと自分に言い聞かせても不安になる。

この一日で他の奴らと差がついてしまうかもしれないと考えると、いてもたってもいられなくなる。

「ー-ヤバい……。涙がとまんない」

いつの間にか映画は終わり、エンドロールが流れていた。

愛依の言葉でハッとして足元の箱ティッシュを掴み愛依に手渡す。

「ははっ、泣きすぎだろ」

「だってすごい感動しちゃって……」

鼻をすすりながら目頭の涙をティッシュで拭う愛依の頭を撫でる。

サッカーも大事だけど愛依も同じぐらい大切だ。

昨日も部活が終わった後に部員たちは自主練を始めた。

予定以上の練習をこなしてオーバーワークになるから終わりにしようと言うと、『お前女とデートだから早く帰りたいんだろ?』『部長が一番やる気ないとかモチベ下がるし』と皮肉られた。

結局、俺は断り切れず自主練を選んだ。

だから、今日はサッカーのことは忘れて愛依を楽しませる一日にすると心に決めた。

「そうだ。愛依、ちょっと目つぶって」

「え?なに?なんで?」

「いいから」

愛依が目を閉じたことを確認すると、俺は隠しておいたものを愛依の手の上に乗せた。

「目、開けてもいい?」

「いいよ」

「えっ、もしかしてプレゼント?」

目を開けると、愛依はぱあっと表情を輝かせた。

「そう。クリスマスプレゼント」

嬉しそうにラッピングされた箱を丁寧に開けていく。

「ピアス?うわっ、嬉しい……!しかもこれ私が前に欲しいっていってたやつだよね!ありがとう~!」

愛依は笑顔を浮かべながら箱から取り出したピアスを耳に付けた。

「どう?似合ってる?」

「似合ってるよ」

「超可愛い!」

バッグから出した小さな鏡で耳に付けたピアスを見ながら心底嬉しそうな笑みを浮かべる愛依に俺まで嬉しくなる。

「待って!私も賢人にプレゼントがあるの」

「俺に?」

「うん!はい、どうぞ!」

綺麗にラッピングされた袋を手渡され、包みを開けるとそこにはスポーツブランドの手袋が入っていた。

「おっ、手袋?ありがとう。すげぇ嬉しい」

冬は指先がかじかんでしまうため、部活中も手袋をしていることが多い。

ずっと使い続けているからボロボロになっていてそろそろ買い替えようと思っていたところだった。

「部活で使えるかな?」

「使えるよ。今の古くなってたから助かる」

「知ってる。だから、手袋にしたんだ」

照れたように頬を赤らめてはにかむ愛依がたまらなく愛おしい。

その言葉が嬉しかった。

付き合う前から、愛依は俺のことを応援してくれている。

気持ちが折れそうになることも何度もあったけど、そのたびに愛依の顔を思い出して辛い練習にも耐えてきた。

付き合ってからも愛依は俺を支えてくれた。だから頑張れた。

自分の為だけじゃなく、応援してくれている愛依の為にもサッカーを頑張ろうと思っていた。

「愛依……」

名前を呼ぶと愛依が首を傾げながら俺を見つめた。

目が合うと、俺達はどちらからともなく唇を重ね合わせた。

愛依の腰に腕を回して自分の方へ引き寄せる。

長く深いキスの後、俺はぎゅっと愛依の体を抱きしめた。

「今日の愛依、いつもと違う」

「たまにはスカート履いてみようかなって思って。オシャレしてきたの」

「すっげぇ可愛い。愛依のそういう姿、他の男に見せたくない」

首筋から甘い香りがする。

「大丈夫。賢人にしか見せないから」

「約束な?」

最近、忙しかったせいで愛依との時間が少なくなっていた。

連絡をしようとしても疲れ果ててメッセージを読むことができないまま、気を失うように眠ることが多かった。

愛依には寂しい想いをたくさんさせているという自覚があるけど、どうしても愛依の優しさに甘えてしまいたくなる。

いつでも笑顔で「いいよ」って笑って許してくれる気がするから。

「愛依のこと、ちゃんと大切にするから」

その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようだった。

愛依は「嬉しい」と震えた声で言うと、俺の背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。

それを合図に俺達はもつれ合うようにその場で横になり、再びキスをした。

固い床では辛いだろうと愛依にベッド行こうと促すと、愛依は首を横に振った。

「ここでいい。だからお願い、離れないで」

腕を掴まれる。

潤んだ瞳で俺を見上げる愛依の顔はなぜか今にも泣きだしそうだった。

どうしてそんな顔をしているのか分からないけど、「離れるわけないって」とギュッと愛依を抱きしめて耳元で囁く。

俺は愛依が好きだ。俺が離れるわけがない。

ブブッとテーブルの上のスマホが震えた音がして一瞬、愛依から意識がそちらにいく。

翔太か、それとも他の友達か。

ふいにサッカーのことが頭を過りそうになり俺はそれを振り切るように愛依にキスを落とした。
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