泡沫の恋

九条賢人side

九条賢人side

午前中の試合に圧勝し、昼休憩になり汗拭きタオルを取ろうとバッグの中を漁っていると、愛依からもらった手袋が指先に触れた。

もう季節柄つけられない手袋だけど、お守り代わりにいつもバッグの中に入れてある。

その内ポケットにはクリスマスにお揃いにして買った猫のキーホルダーもつけている。

一度外側に付けたらチームメイトや後輩にからかわれてしまいそれ以降は内ポケットにひっそりつけた。

愛依の猫は通学カバンの一番良く見える位置でいつもユラユラと揺られている。

そういえば昨日の夜、愛依からメッセージが届き返事をしていないことを思い出した。

部活中のスマホの使用は禁止されているし部長の俺が使っているとなると、周りの部員に示しがつかない。

誰よりも早く昼飯を済ませてちょっと気分転換してくるとチームメイトに声をかけて、グラウンドの奥に移動して取り出したスマホ画面をタップする。

【今日試合で学校休みだったんだね】

【私聞いてなかったから教室いっちゃった】

【教えてくれてもよくない?】

【私って賢人のなに?】

一分と立たないうちに連続して送り付けられる愛依からのメッセージに目を疑う。

【話したいことあったんだけど、もういいや】

最後のメッセージは返事をしない俺への当てつけのように感じた。

部活中はスマホをいじれないことを愛依は知っているし、試合の時ならなおさらだと分かっているはず。

それにも関わらず怒りを抑え切れない愛依はメッセージを送りつけてきたんだろう。

「勘弁してくれよ……」

木陰の下でハァと盛大なため息を吐く。

今日が試合であることを俺はあえて愛依に話さなかった。

サッカーの話題になると愛依は途端に機嫌が悪くなるからだ。

最近はサッカーで忙しく愛依とデートすることもなかなか難しくなっていた。

部内に彼女がいるのも俺だけだし、他の部員は部活が休みだろうが土日返上で練習に明け暮れる日々。

そこに部長の俺の姿がないと部内の士気がさがることになる。

今年のチームは顧問にも期待されるぐらいチームバランスがいい。

全員が同じ方向を向いて勝利にこだわり続けているし、関係性も抜群に良くなり去年よりも圧倒的に強いチームになった。

一人一人が努力することでそれがチームの底力を押し上げたことが今日の勝利にも繋がっている。

俺はスマホを耳に当てて愛依に電話をかけた。

まずは謝る。そして、明日までは大会で学校に行けないと話そう。

「連絡できなくてごめんな。今日明日は大会があって学校行かないんだ。言ってなかったっけ?」

メッセージから愛依が怒っているのを予想した俺は揉め事を避ける為にできるだけいつもと同じトーンの口調で話す。

『怒ってるのかと思った』

「なにを?」

『昨日のメッセージでいちかちゃんのことを聞いたから』

昨晩、俺は愛依のメッセージにうんざりしてスマホを閉じた。

愛依がまた俺と涼森の過去をほじくる様なことを言ってきたからだ。

クラス替えは俺の意思とは全く関係のないところで行われているから俺には抗いようがないし、ましてや今は最悪なことに席が隣同士だ。

それだって俺が決めたこともなければ、望んでいたわけでもない。

と、いくら説明したところできっと愛依は涼森と俺の過去を持ち出して非難してくるに違いない。

付き合っていくうちに、愛依は変わった。

付き合う前までは、俺の言うことには何でも笑顔で肯定してくれた。

サッカーだってあんなに応援してくれて手作りのミサンガまでくれたのに、今はその話題がでると露骨にうんざりしたような表情を浮かべる。

今までの俺なら愛依に全部話した。嬉しいことも楽しいことも悲しいことも辛いことも全部。

だけど、今は話せない。愛依に話す内容も言葉も全部選んでいる。

「あー、別に怒ってないよ。昨日は途中でスマホ持ってゲームしたまま寝落ちしただけ」

涼森の話を続けてもお互い嫌な気持ちになるだけだと、この話を終わりにしようとする。

本当はゲームなんてしていない。寝る直前までスマホをいじるとブルーライトで睡眠の質が落ちると最近部内でも話題に上がったからだ。

意識を高く持つために寝る30分前にはスマホから離れることを俺は実践していた。

それを、愛依には話していない。

『賢人っていつもサッカーで忙しいって言ってるけど、ゲームする時間はあるんだね?』

愛依の言葉に笑顔がスッと消え失せる。

「え、何が言いたいの?」

『賢人がサッカーで忙しいのは分かるよ。だけど、ゲームしてる時間があるならメッセージの返信してよ。スタンプ押すだけならすぐだよね?』

高いけどやわらかい愛依の声が好きだった。だけど、今はその高い声が頭に響いてこめかみを抑える。

「そうだけど、それすらできないぐらい疲れてるときもあるんだって。それにゲームぐらい息抜きですることもあるし」

それすら愛依は許してくれないというんだろうか。

愛依に寂しい想いをさせているのは分かっているけど、俺の体は一つしかない。

出来る限り連絡だってしてるし、愛依の話も聞くようにしている。

それでも、愛依は俺を責めるんだろうか。

『私と連絡取り合うことは賢人にとって息抜きにはならないことなんだね。めんどくさいことなんだ?』

「そういうことを言いたいんじゃなくて―ー」

電話で言い合いなんてしたくない。しかも、今は昼休憩中だしゆっくり話せない。

『それって気持ちがないからだよ』

「え?」

諦めと苛立ちをごちゃまぜにした声色だった。

『付き合う前はマメだったよね。電話もメッセージもたくさんくれた』

「あの時と今は状況が違うんだって。今は部長だし、俺にはー―」

―ーサッカーをする時間が大切なんだ。

言いかけてハッとして言葉をぐっと飲みこむ。

「もういい。ほんと、もういいから」

『あっ』

何て言ったらいいか迷っていると、グラウンドに他校の生徒達が集まり始めているのに気が付いた。

昼休憩ももうすぐ終わりだ。早くみんなの元へ戻らなければならない。

『やば、もういかないと。今日、部活が終わったら会おう。ちゃんと話そう』

「――分かった。じゃあね」

愛依とケンカしたくなくてず話し合いを避け続けていたから、愛依の不満が溜まってしまったんだろう。

まだ遅くない。きちんと話し合えば愛依も分かってくれるはずだしこれからも上手く付き合っていける。

スマホの電源をオフにすると、俺はそんな希望を胸に抱えて駆け出した。
< 54 / 63 >

この作品をシェア

pagetop