泡沫の恋
昨日のメッセージのことを謝ろうと思い立ち、次の休み時間に私は賢人のいる3年5組の教室の扉から中を覗き込む。

「あれっ、愛依じゃん。どしたの?」

以前同じクラスだった友達が私に気付いて手を振りながら歩み寄ってきた。

「久しぶり。賢人っている?」

「え、いないよ。今日、サッカー部は大会だから学校来ないじゃん。聞いてなかったの?」

もちろん、そんなの聞いてない。

彼女だからって彼氏のスケジュールを全て把握してる必要はないけど、やっぱり切ない。

前は本当にくだらないことでもお互い報告し合ってたのに。それなのに、今は……。

「あっ、そうだったよね。聞いてたのに忘れちゃった」

あまりに惨めな言い訳に自分自身が打ちのめされた。

賢人を遠く感じる。昨日、いちかちゃんの話をしたことを怒って今日のことを教えてくれなかったのかな。

それとも、サッカーのことだから私に伝える必要はないと思った?

なぜだろう。そのどちらとも違う気がする。

なんとか教室に辿り着くと、私は怒りに任せてスマホ画面をタップする。

【今日試合で学校休みだったんだね】

【私聞いてなかったから教室いっちゃった】

画面をなぞる指が怒りで震えてうまく動かせない。

私は何通も連続でメッセージを送りつけてしまう。

【話したいことあったんだけど、もういいや】

意味深なメッセージを送りつけて賢人の気を引こうとしてしまう自分が心底嫌いだ。

ストレートに気持ちを伝えればいいのに。どうしてこんな回りくどいことをしちゃうんだろう。

どうして私はこんな女々しい人になってしまったんだろう。

そういう女に私は絶対にならないと思っていたのに、今の私は間違いなく過去に自分が嫌だと思った女そのものだ。

どんどん私は自分が嫌いになる。

自分を失う。

自分が分からなくなる。


昼休みにスマホが震えた瞬間、私は誰もいない教室のベランダに出るとスマホを耳に当てた。

『連絡できなくてごめんな。今日明日は大会があって学校行かないんだ。言ってなかったっけ?』

賢人から電話をかけてきてくれるのは久しぶりだし嬉しいはずなのに、あまりにあっけらかんとした態度に私は言葉を失う。

「怒ってるのかと思った」

『なにを?』

「昨日のメッセージでいちかちゃんのことを聞いたから」

『あー、別に怒ってないよ。昨日は途中でスマホ持ってゲームしたまま寝落ちしただけ』

スマホを持つ手に力がこもる。

「賢人っていつもサッカーで忙しいって言ってるけど、ゲームする時間はあるんだね?」

自分の声は怒りに満ち溢れていた。私がどんな思いでいたか賢人は知ろうともしない。

賢人のこと怒らせちゃったかなとか嫌なこといっちゃったなとか、そんなこと考えながら枕を濡らしていたのに。

連絡をずっと待っていたのに。

『え、何が言いたいの?』

「賢人がサッカーで忙しいのは分かるよ。だけど、ゲームしてる時間があるならメッセージの返信してよ。スタンプ押すだけならすぐだよね?」

『そうだけど、それすらできないぐらい疲れてるときもあるんだって。それにゲームぐらい息抜きですることもあるし』

賢人の言い分も分かるけど、私が望んでたのはそんな言葉じゃない。

すれ違う私たちの言葉や想い。

「私と連絡取り合うことは賢人にとって息抜きにはならないことなんだね。めんどくさいことなんだ?」

『そういうことを言いたいんじゃなくて―ー』

「それって気持ちがないからだよ」

『え?』

「付き合う前はマメだったよね。電話もメッセージもたくさんくれた」

『あの時と今は状況が違うんだって。今は部長だし、俺にはー―』

「もういい。ほんと、もういいから」

そのとき、電話口で『あっ』と賢人が声を漏らした。

『やば、もういかないと。今日、部活が終わったら会おう。ちゃんと話そう』

「――分かった。じゃあね」

電話を切ると、もう遅いよと私は呟いた。

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