泡沫の恋
春野愛依side
春野愛依side
卒業式が終わるとクラスの友達やお世話になった先生たちとたくさん写真を撮った。
もちろん、大っ嫌いな稲田にも一緒に写真を撮ってほしいと声をかけた。
意外にも稲田はノリノリでギャルのようなピースサインで笑顔を浮かべていて理系男子とはこういうものだという私の中の想像を見事に覆してくれた。
稲田の左手には去年までなかったきらりと輝く結婚指輪がはめられていて、時間の流れを感じさせられる。
みんなとひとしきり卒業の喜びと悲しみを分かちあっていると、教室の入り口から賢人が顔を覗かせて手首をクイックイッとまげて私を呼んだ。
「卒業、おめでとう」
「愛依もおめでとう」
誰もいない屋上にやってきた私達は互いを祝福して笑顔を浮かべる。
でも、なぜか賢人の顔はちょぴり険しい。
わずかな間の後、賢人は真っ直ぐに私を見つめた。
「あのさ、俺達もう一回やり直せない?」
賢人の喉仏が上下する。あの日、花火大会の夜私に告白した賢人の顔が蘇る。
「もう絶対愛依のこと寂しくさせないから。絶対に幸せにするから。だから――」
「それはできないよ。また付き合ってもきっと私達は同じことの繰り返しになると思う」
「そんなの分からない。今の俺なら絶対に愛依を大切にする」
「私が大切にして欲しかったのは、付き合ってた時だよ。今じゃない」
賢人にそっと微笑む。
「もう遅いよ。連絡が欲しかったのも、会いたかったのも、声が聞きたかったのも付き合ってた時。でも、賢人は向き合ってくれなかった」
「でも、あの時まだ俺のことが好きだってーー」
「どんなに好きでも我慢できないこともあるんだよ。だから、もう戻らない。賢人も前を向こうよ」
私の言葉に賢人の瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
ああ、賢人も泣くんだなと私は冷静に思う。
きっと今、賢人は心の底から後悔して、自分を責めているに違いない。
「もし次に賢人に彼女ができたら、私みたいに我慢させちゃダメだよ。ちゃんと向き合ってあげて」
「俺は愛依以外の人との未来なんて考えたくない」
「ねっ、約束だよ」
そっと右手の薬指を差し出すと、賢人は嫌だと駄々をこねる子供みたいに右手を後ろに隠した。
「賢人。最後の私のワガママを聞いて?」
「本当にもう無理なのか……?」
「うん。ごめんね。でもね、これだけは言える。私は賢人と付き合えて幸せだったよ。だから、賢人と付き合った日を忘れない。ずっと大切な思い出にする」
「愛依にとって、俺はもう過去形なんだな……」
弱々しい声の後、賢人がそっと右手を差し出した。
指先が触れ合い、それを互いに絡ませる。
ずっと堪えていた感情が涙となり私の頬を濡らす。それを見ていた賢人の目からも涙が溢れた。
「泣くなよ、愛依。フラれてんの俺だよ?」
「……ははっ、そうだよね」
もう二度と触れあうことのない指先が離れた後、私は涙を拭いて笑った。
二人で過ごした幸せなあの日々を涙で終わらせたくなんてなかった。
賢人はいまだに肩を震わせて泣いていた。
卒業式でも泣かなかったのに、私の前でだけは別れが耐えきれないと涙を流す。
少し遅かったけど、私は確かに賢人に愛されていたって実感できた。
だから、もう。
前を向いて私は私の人生を生きていく。
「ありがとう、賢人。賢人と過ごした日々は絶対に忘れないから」
「俺も、愛依のこと忘れない。俺を好きになってくれてありがとう」
私達は涙を流しながら微笑んだ。
今は辛くても、きっといつか全部綺麗な思い出になる。
だから、賢人も生きて。あなたらしく、あなたの人生を歩んで――。
卒業式が終わるとクラスの友達やお世話になった先生たちとたくさん写真を撮った。
もちろん、大っ嫌いな稲田にも一緒に写真を撮ってほしいと声をかけた。
意外にも稲田はノリノリでギャルのようなピースサインで笑顔を浮かべていて理系男子とはこういうものだという私の中の想像を見事に覆してくれた。
稲田の左手には去年までなかったきらりと輝く結婚指輪がはめられていて、時間の流れを感じさせられる。
みんなとひとしきり卒業の喜びと悲しみを分かちあっていると、教室の入り口から賢人が顔を覗かせて手首をクイックイッとまげて私を呼んだ。
「卒業、おめでとう」
「愛依もおめでとう」
誰もいない屋上にやってきた私達は互いを祝福して笑顔を浮かべる。
でも、なぜか賢人の顔はちょぴり険しい。
わずかな間の後、賢人は真っ直ぐに私を見つめた。
「あのさ、俺達もう一回やり直せない?」
賢人の喉仏が上下する。あの日、花火大会の夜私に告白した賢人の顔が蘇る。
「もう絶対愛依のこと寂しくさせないから。絶対に幸せにするから。だから――」
「それはできないよ。また付き合ってもきっと私達は同じことの繰り返しになると思う」
「そんなの分からない。今の俺なら絶対に愛依を大切にする」
「私が大切にして欲しかったのは、付き合ってた時だよ。今じゃない」
賢人にそっと微笑む。
「もう遅いよ。連絡が欲しかったのも、会いたかったのも、声が聞きたかったのも付き合ってた時。でも、賢人は向き合ってくれなかった」
「でも、あの時まだ俺のことが好きだってーー」
「どんなに好きでも我慢できないこともあるんだよ。だから、もう戻らない。賢人も前を向こうよ」
私の言葉に賢人の瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
ああ、賢人も泣くんだなと私は冷静に思う。
きっと今、賢人は心の底から後悔して、自分を責めているに違いない。
「もし次に賢人に彼女ができたら、私みたいに我慢させちゃダメだよ。ちゃんと向き合ってあげて」
「俺は愛依以外の人との未来なんて考えたくない」
「ねっ、約束だよ」
そっと右手の薬指を差し出すと、賢人は嫌だと駄々をこねる子供みたいに右手を後ろに隠した。
「賢人。最後の私のワガママを聞いて?」
「本当にもう無理なのか……?」
「うん。ごめんね。でもね、これだけは言える。私は賢人と付き合えて幸せだったよ。だから、賢人と付き合った日を忘れない。ずっと大切な思い出にする」
「愛依にとって、俺はもう過去形なんだな……」
弱々しい声の後、賢人がそっと右手を差し出した。
指先が触れ合い、それを互いに絡ませる。
ずっと堪えていた感情が涙となり私の頬を濡らす。それを見ていた賢人の目からも涙が溢れた。
「泣くなよ、愛依。フラれてんの俺だよ?」
「……ははっ、そうだよね」
もう二度と触れあうことのない指先が離れた後、私は涙を拭いて笑った。
二人で過ごした幸せなあの日々を涙で終わらせたくなんてなかった。
賢人はいまだに肩を震わせて泣いていた。
卒業式でも泣かなかったのに、私の前でだけは別れが耐えきれないと涙を流す。
少し遅かったけど、私は確かに賢人に愛されていたって実感できた。
だから、もう。
前を向いて私は私の人生を生きていく。
「ありがとう、賢人。賢人と過ごした日々は絶対に忘れないから」
「俺も、愛依のこと忘れない。俺を好きになってくれてありがとう」
私達は涙を流しながら微笑んだ。
今は辛くても、きっといつか全部綺麗な思い出になる。
だから、賢人も生きて。あなたらしく、あなたの人生を歩んで――。